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未来(ない)日記

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#小説

サブスクホスピタルと犬

サブスクホスピタルと犬

裏保険証は5万円で買えるらしい。
頭にアルファベット「G」がつく病院を無制限利用可能となるらしい。
月額も5万円。薬剤費も含まれるという。
但しおくすり手帳には記載できない。そのあたりが合法サービスなのかどうか微妙なところだ。
検査も無料となるが、調子に乗ってレントゲンを浴びまくり、健康を大きく害しても保険は降りない。
そもそも保険会社は裏保険証保持者の契約を無効とする権利があるのだそうだ。

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びらんになっている

びらんになっている

はやくくすりをつけたほうがいいですよ
琵琶法師の歌を聞いていたらこんな時間に
頭から足まですべてが青いレースの服を着て、
下着はグンゼなんですよ(すけて見える)
きっとオシャレは伝染病なんです
くすりをつけたからオシャレはもう来ないですね
あなたまるでいのししのようです
鼻先が赤くびらんになっていますから
私はハリガネムシの背中に載って水面を走ってゆくから
もうニ度と会えませんね
一期一会はとても

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幽霊

幽霊

下宿屋の左を曲がって路地のつきあたりに小さな池がある。溜池の名残だ。緑泥に淀んだ水面には周囲の白壁がぼんやりと映し出され、かすかに月影が光る。前々からこの池がなんとなく気になっていて、つまり好きだった。思い出の香りがする。

深酒をして終いの電車を降りふと歩きたくなった。下宿屋を中心としてぐるりをぶらぶらする。三日月の輝きが瞳孔に突き刺さって俯く。飲みすぎてしまった、と販売機の前で小銭をまさぐる。

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束の間の幻影

束の間の幻影

・・・何かの影だ。

隣人が騒いでいる。駄目だったのだ。

影は私の前に座り、一言告げて、消えた。

柱時計の長針が、音をたて動く。狭い壁に夕影が、窓辺の人形を映し出す。

私は微動だにせず横たわっている。

そのうち啜り泣きが聞こえてきた。何か犬の遠吠えの様な、恨み言をいう女の様な、様々な音影が漫ろ歩いて鼓膜に触れては去ってゆく。

伝言を伝えに行こうか、行かまいか。

今行くのはまずい。

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刹那的快楽のための断章

刹那的快楽のための断章

人間が本当に知覚できる「死」は自分についてのみだ
なぜなら人間は一度しか死なないのだから。
(1999/9記)

***

必要とされない気軽さについて
誰にもあてにされない自由さ。
誰にも相手にされない自由さ。
(1999/9記)

***

酒に酔って人を殴るのはサイアクだとゆうが
酒に酔わずとも人を殴れる者のほうが恐ろしい
(1999/9記)

***

このアスファルトの下には 無数の草の

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陽傘

陽傘

悲しい事があると八重子は川へ行く。都会には珍しい広大な空間がそこにはあって、春陽の穏やかな情景のうちに自分の存在のちっぽけなことを実感できる。何故か

ほっとするのだ。

「八重ちゃん」

山田の坊主だった。八重子は少し嫌な顔をする。土手上から草を滑り目前に降り立つ。土ぼこりが舞い八重子は咳きこんだ。

「またこんなところへ来てたんか。帰ろうぜ」

八重子は山田が苦手だった。

「・・・放っといて

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夢のあとに

夢のあとに

銀の翼が舞い降りて 水晶の砂を照らす
黒い波間に見えるもの それは僕のたましい
夏の日の去るよりも早く 若き夢は過ぎ去る
幸せな夜よりも早く 若き夢は過ぎ去る

やわらかな桜色の道 ほのかに香る若葉
輝く未来に見えるもの それは今ここの僕
うたかたの虹の消えるより早く 若き夢は過ぎ去る
賑やかな夜よりも早く 若き夢は過ぎ去る

木の葉もいつかは枯れ 花びらも地に落ち
星も落ち月も落ち 夜もすぐに去

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スクリアビン

高名な作曲家であるスクリアビンが言った。

日本の「鐘」が欲しい

何とか都合を付けて貰えないものか

妾だろうか脇に若い女性が控えていて、言葉を足す。

次回作に使いたいということのようだ。

鐘は時を告げる大切なものだから、手に入るかどうかわからないと答えると、不機嫌な顔をしてピアノに向かう。

いきなりの轟音が心臓を縮み上がらせる。

五番奏鳴曲であった。

豪奢な演奏が過ぎ去ると、再びこち

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ステンション

ステンション

この道を真っ直ぐ行くと角に肉屋があるからそこで聞いてみようと思うのだが、何を聞くのだったか思い出せない。ほらもう肉屋だ、通り過ぎてしまう。

ごめんなさい

声掛けてみる。主人は俯いたまま、鳥足をこねくり回す。ガラスケースに並んでいるのはハムとベーコン、豚切り落とし云々。

これ、三つ

 手羽先を差した私の指へ男は寡黙に肯くと、ロースハムを取り出した。

…わしゃわしゃ。

おやじはざっと油紙を

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西王母の桃

西王母の桃

西王母の桃が手に入った。

不老不死の秘薬などと言われているが、本当のところはわからない。正月の餅細工のような色をしていて、指三本の上に乗るくらいだからさほど大きくは無い。みずみずしく高雅な香りが漂い、遠い仙境の風を運んできてくれる。しばらく弄ぶうち、どうしても食べたくなってきてしまった。いけない、何が起こるかわからない、と思っても喉が鳴る。

どうした、何だそれ。

背後の声に飛び上がるほど驚い

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日々のまにまに(日々雑記)

日々のまにまに(日々雑記)

「狐」

私は子供の首を絞めて居る。
理由は知れない。悪さをしたのか。心中か。
妻はぴくりとも動かず台所にへたり、ねめ上げるようにこちらを見ている。
ああ命じられたのだ。
殺さなければ妻は去る。このこは私の連れ子なのだ。殺さないといけない。腕に力が込もる。殺さないといけない。
子供はにこにこ笑っていて、其の首は鋼のように冷たく、固い。汗ばむ手。子の首は冷たい。
妻の心も冷たい。私の心も。
子供は笑

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夢幻の花嫁

夢幻の花嫁

風の雨戸を打つ音に目が覚めて、そのまま障子を見詰めていた。由緒の旅荘でのことだ。うすぼんやりと明るみが差した白紙のうちに灰を撒いた様な霧がぼんやりとひろがって、あれとおもうとモウそれは女の姿をしている。凄みのある蒼白い顔を真っ直ぐこちらへ向けて、結髪と衣装からあきらかにそれは花嫁の姿であった。

片手に杯を持っている。私は丁度寝酒を一杯やっていたからその杯かと思うが頭の上に置いて或る筈だからあれは

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梨の形をした二章

梨の形をした二章

第一章「その頭」

栄太の一日
{午前8時}
出社。
あくび。
コーヒー。
ため息。
パソコンの立ち上げ。
メールのチェック。
 見ないメール削除。
 仕事のメールもうっかり削除。
「あー…いいや、また送ってくるだろ。」
 チャイム。
ため息。…
{午前9時}
窓口。スタンプ。小銭。作り笑い。
老婆。
サラリーマン。
老婆。
老婆。
老婆。
老婆。
少年。
老婆。
老婆。
老婆。
老婆。
伸び。

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剣豪と屁

剣豪と屁

「ばっとう斎さま」

「ばっとう斎さまだ」

「ばっとう斎さま、これ持ってっておくんなせえ」

「今日もええご機嫌で、ばっとう斎さま」

長々と続く己の影を追うように、一人の大男が歩く。砂埃の巻く村の中通りは、一日の仕事を終えた百姓たちで活気付いている。その誰もが白い着流しの男を見るなり道を分け、海老のように背を曲げた。手元に野菜や芋などがあれば、恭しく掲げた。

熱気を孕んだ赤黒い髭面と、大きく

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