地理旅#8「ヨルダン編~おまえは、何のために生きている?」
地球でイチバン低い場所
イスラエルを後にして、再びヨルダンへ戻ってきた。次に訪れたのは、地球でイチバン低い場所・死海。なんと、海抜およそ-400m。ただ、何かが変わった様子もなく、「地球の溝」に来たという実感はないのだが・・・。
真冬だったからか、完全なプライベートビーチ。標高が低いとは言え、海パンになれば肌寒い。ホテルのお姉さんは「Too cold to swim!」と笑っていたけど、ここまで来たらダイブするほかない。
新聞片手に浮いた瞬間、寒さよりも痛さが走った。今朝、何も考えずにヒゲを剃ってしまっていたからだ。痛みをガマンしながら浮遊するが、今度はバランスを取るのが難しい。新聞はビッショビショになった。
死海の塩分濃度は海水の約10倍の30%。ほとんどの生物が住めないことから「死の海」と言われる。人体よりも「重たい」ために、死海ではプカプカ浮くことができる。
ただ、実際には「海」ではなく「湖」である。語源は諸説あるが、聖書の時代から「海」だと認識され、この名称が定着したらしい。
仰々しい名前とは似つかず、死海は世界的なリゾート地でもある。世界一標高が低いため、酸素濃度も世界一。蒸発した水分がフィルターの役割を果たし、紫外線も弱い。泥パックは天然ミネラル分が豊富で美容効果もある。その昔、クレオパトラも愛したと言われるほど。
死海は、実は年々縮小している。看板では「SEA LEVEL 398-」となっているが、現在の湖面は-430mにも達している。
イスラエルやヨルダン、シリアなどの沿岸国が、死海に流れ込むヨルダン川の水を大量利用していることや、工業用に死海から大量取水していることなどが原因とされる。
現在、南側に位置する紅海から水路を引っ張る計画もあるが、このままだと2050年には死海は消滅してしまうとも。人間と自然の絶妙なバランスは、ここでも崩れかけている。
荒野のシャンソン
プカプカ呑気に浮いていたら、欧米人カップルと友達になった。聞くと目的地が同じだとなり、2人の車に同乗させてもらうことに。
カナダ人で国際関係の職に就くスティーブン、イギリス人でヨガの先生をやっているレイチェル。2人とも大の親日家で、何回か日本に来たことがあるという。こういうとき、相手の国に行ったことがあるって、強いよなぁ。
大地の溝を流れるヨルダン川流域では、砂漠の中のオアシスのごとく、緑一面の灌漑農業が展開されていた。沿岸に人口が増えて水の利用量が増えたことも、死海縮小の一因となっている。
ヨルダンの国土は大半が砂漠で、遊牧生活を送るベドウィンのキャンプが点在している。その中に混じって、「UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)」と書かれた難民キャンプをいくつも見かけた。
国際問題に詳しいスティーブン曰く、隣国のシリア、イラク、そしてイスラエルに土地を奪われたパレスチナ人が大半だという。
ヨルダン政府は、難民を国民と同等に扱い、教育や保健医療などの公共サービスを提供しているそうだ。ヨルダンだって資源立国じゃない上に、難民受け入れによって財政が圧迫されている。このままで良いはずはない。それでも、ヨルダンは戦禍に巻き込まれた同胞を見捨てていない。
争いから逃れてきたパレスチナ難民は、戻れない祖国に沈む夕陽を眺めて何を想うのだろう。
荒野の車中、日本時間の年越しをどこかの砂漠で迎えた。シャンソンで祝いながら。
たしかなもの
スティーブンとレイチェルに別れを告げたあと、ヨルダン人ドライバー、アル・サダムに出逢った。彼は元軍人らしく、かつてペルシャ湾に派兵された際に、Japanese soldiersとも交流したと言い、日本に興味を示していた。
「日本には軍隊はなくて自衛隊しかないんだよ!」と説明しても、あまりピンと来ていなかった。そりゃ、外国人からしたら「自衛隊員」と「軍人」の区別は難しいのかもしれない。
2時間くらいは話し込んだろうか。話の流れで、日本には自ら命を断つ人が年間2万人以上いることを話すと、言葉を失い驚いていた。イスラム教では、自らを殺すと地獄で業火で焼かれるとされ、自殺を戒めている。
沈黙を破って、サダムが何の気なしに尋ねてくる。「お前は何を信仰している?」と。慣習的には仏教とか神道なんだろうが、特にこれといった信仰がない僕は「無宗教だ」と答えた。すると、サダムは不思議そうに聴いてきた。
…そりゃあ旅は好きだし、家族も大事だし、教師も天職だとは思ってる。でも、「何のため」と改めて問われると…答えに窮する自分がいた。僕は、何のために生きてるんだろう。
こんなことばかり考えていたらノイローゼになっちゃうかもしれないし、行き過ぎた宗教の目的化は政治利用や過激思想に繋がってしまうかもしれない。それでも。
僕にとって「たしかなもの」は、一体なんだろう。
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