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写真集「連師子」ができるまで ー #7 交通整理

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写真集「連師子」ができるまで ー #6 オランダの光


「なぜこの装丁にしたの?」
Unseenの展示会場で、僕の本を手にしてくれたこの女性は、ちりめん布地に刺繍が施された本のカバーを手で撫でながら、真剣そうに問いかけてきてくれた。


ハードカバーは左綴じ。
しかし、一旦本を開くと中身は右綴じ。

ところが、話そうとすると喉元で情報が交通渋滞を起こすように、英語の説明がうまく口から出てこない。
困ったね。

実を言うと、いくつかの前提理解を求める説明は、母国語である日本語でも回りくどくて難しい。それに英訳が加わるのだから、もはや脳内では、三車線道路の交差点に立つ警察官が、手信号で必死に案内する姿が想像された。
ピピ!その情報先にどうぞ!
ピピ!それはまだ!待ってる間に単語考えて!
背後から聞こえる英語やオランダ語の会話が、僕の心をいっそうざわつかせた。

「まごついてごめんなさい。」
「大きく理由は2つあります。頑張ってみるので、どうか順を追って聞いてください。」
精一杯の笑みを見せながら、僕は冷静に出来るだけ簡潔に話始めた。

「エレベーターピッチ」
エレベーターで偶然居合わせた相手に、効果的なプレゼンテーションを展開する訓練。またとないチャンスが巡ってきた時に、最善の対応をする訓練だ。
作品を海外で展示するとき、販売するとき、営業するとき、この文章を書いている現時点でも、僕は本当にこの難しさを感じている。

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これは、自分のストレートなドキュメンタリー作品に限界を感じていた30代の写真家が、様々な出会いや挑戦、試行錯誤を経て、写真集を国内外で販売するまでのお話です。

僕の本の根幹にある「連獅子」という舞踊演目は、もともと中国を舞台にした獅子の子落とし伝説に起源がある。これが日本に伝来し、能や歌舞伎、そして日本舞踊といった日本独自の文化に昇華され、現代に至る。

僕らが「和綴じ」と呼んでいる「四つ目綴じ」を代表する本の綴じ方も、実は中国から伝来したものだ。製本の歴史上、中国ではこれ以降、本の背中部分を糊づけする方法へと移行する。日本においても大きな流れでは同様だが、ちょうどその間に、「列帖装/れっちょうそう」や「綴葉装/てっちょうそう」と呼ばれる、糊を使わない日本独自の方法が新しく生まれている。

起源となる物語の伝来と、独自の文化として生まれた日本舞踊の演目。
製本技術の伝来と、独自の方法として生まれた製本方法。
本作に共通点を見出して、利用したというのが一つ目の答え。

続いて、プレゼンテーションの方法として。
列帖装は右綴じなので、ページをめくると右から左へ読み進める形なのだが、海外書籍では左綴じが一般的なため、単なる列帖装では表紙を逆に捉えて、逆順に読まれてしまうリスクが高い。これは読み手にとっても不幸なことだと考えた。

だからあえて、僕は海外でも一般的な左綴じのスイスバインディング様に作ったハードカバーに、右綴じの列帖装を中身として組み合わせることにした。これによって、
①まず間違いなく左綴じで本を開く(それしかできない)
②露出する本文は、右綴じでカバーと合体しているので、物語は列帖装として右綴じで展開する
という、設計にした。
それでもまぁ、無理してカバーを開いて後ろから読むことも出来なくはないのだけど。。。

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物語の中で、白色は親獅子、赤色は小獅子を表す。
表紙をめくり、進行する物語を親獅子が見つめる

「主人公は日本舞踊家です。」と話すと、
海外では「日本のお話だから日本で発表をしては?」
日本では「海外ウケするんじゃない?」と、それぞれよくそうお話をいただく。

でもね、違うと僕は思うのです。

僕はフランス映画好きだし、オースターを読むし、大学時代はラジオのパーソナリティーで、新聞記事を書く、ロッカーだった。伝達手段やジャンルは何であれ、本質的に込められたものは、国や文化背景を超えられるのではないか。
ゲイシャ・キモノ・日本の誇りと国内外で(時に商業的なメリットとして)イメージが縛りつけられた現状を、僕は思考停止だなぁと思う。

演目(本)の最後の最後まで、小さなヒントたちが、静かに語ってくれることを期待している。

「主人公は日本舞踊家です。でもこれは、僕やあなたにも共通する愛のお話です。」

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