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写真集「連師子」ができるまで ー #5 あなたの言語は


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写真集「連師子」ができるまで ー #1 穴の空いた写真
写真集「連師子」ができるまで ー #2 どう撮るのが正解なのか
写真集「連師子」ができるまで ー #3 ラジオの音に
写真集「連師子」ができるまで ー #4 茹でたカニのように

僕が初めてフランスのアルル国際写真フェスティバルに参加したのは2016年の夏だった。
ジリジリと強い日差し、土の匂い。地元徳島に帰ったようなどこか懐かしい田舎の駅を出ると、夕焼けの中、僕は大きな河沿いの道を進んだ。
旅行カバンには、日本古来からある畏怖の念と生命をテーマにした作品「貌-bow-」と、主に日本舞踊の巡業に同行していた頃の作品「もうひとつの連獅子」のプリント。そして、インスタント味噌汁。

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アルルという地名は、ゴッホが晩年期を過ごしたことで聞き覚えのある方もいるかもしれない。
この地で数名の写真家が始めた写真祭は、町中にある古代劇場や教会、広場などで展示を展開するもので、今や各国で開催されている写真祭の起源だとも言われている。

小さな街なだけに、世界中から集まった写真家、キュレーター、ギャラリストが路地裏で挨拶することも珍しく無い。僕自身、ここですごいミラクルを経験することになるのだけど、それはまたずっと先のお話。

滞在中、約4日間かけて、合計20名にプレゼンテーションをするのが、今回の一番の目的だった。
国内のレビューの多くが「教えを乞う」スタイルが多い印象だけれど、ここではビジネスのつもりで挑んだ。展示する、販売する、掲載する、あなたと共に取り組みたいというお見合いに似た場所。

「オーケー。君はまず何が目的だい?展示したいの?それを見ようか。」
「私は作品を見るから、並行してコンセプトについてお話してくれる?」
質問と回答が制限時間ギリギリまで続くこともあれば、自己紹介以降はほとんどの時間を沈黙しながら作品をじっくり見てもらうこともあった。

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そんな中、ある欧州のキュレーターに
「あなたの言語は何ですか?(直訳)」と尋ねられた。

ぽかん。。。

そうか、あまりに僕の英語が下手なせいで、きっと困らせてしまったのか。
「に、日本語と少しの英語です。」と、僕は答えた。

しかし何故か少し苦笑した彼女は、その後、机上の写真を手に取りながら、丁寧に話始めた。
「あなたは何者ですか。作品が本質を語れるかが大事なのよ。」と。
僕が手元にコンセプトや方法論を英語で図示したノートを備えていることを、彼女は重々承知の上だった。僕は、僕の言語でのコミュニケーションを望まれていた。

制作や被写体に対する「思い(熱意や好み)」よりも、成果物の「意味(理由美)」を。
たぶん、この時のことは一生忘れないだろう。

これは、自分のストレートなドキュメンタリー作品に限界を感じていた30代の写真家が、様々な出会いや挑戦、試行錯誤を経て、写真集を国内外で販売するまでのお話です。

アルル初参加から2年が経った2018年。
僕は写真集の中で、
・古い写真を撮影してレプリカを作ったり(複製)
・コラージュして新しいイメージに作り変えたり(再構築)
・状況をセッティングして撮影したり(再現)
・意図するイメージを想起させるもの・ことを撮影したり(連想)
ときに、絵や資料を交えながら物語を伝えるようにしていた。

特に、紙の手触りといった触覚だけでなく、ページをめくる手の動きや、被写体の視線、使用する材質そのものの由縁に至るまで、徹底的に意識した。
僕と鑑賞者を繋ぐ媒体一つ一つに意味を込めて、作品自身に語ってもらうために。

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たとえ発展途上のプロジェクトであっても、もっと早い段階でブックを応募し、いわゆるトレードエディション(工場生産されるような規模での出版)を狙う場合もある。ただ、コンペの種類によっては、応募作がそのままアーカイブされて手元に帰ってこないこともあるので、僕はある程度、納得いくものを出したかった。

生まれて初めて送るEMS。ちゃんと期限内に届くのだろうか。
毎日のように郵便物が無事届いたのかwebで確認し、届いたら届いたでドキドキしながら過ごした。誰も僕のことを知らない、まっさらの状態で、本はどう評価されるのだろうか。

そして、その朝はやってきた。
枕元で携帯電話のあかりに照らされながら、メールを確認する。
「We are happy to let you know that your book was shortlisted for the Unseen Dummy Award 2018. 」
僕の本が、オランダのUnseen写真祭のダミーブック部門で最終選考に進んだこと、そして候補作品たちが現地で展示されることが案内されていた。もし最優秀作品に選ばれれば、オランダの出版社による出版と、世界中でのプロモーションのサポートが受けられる。

「よっしゃー!キタコレー!!」思わず大声をあげる。
あかんわ!子供が起きてしまう!!

布団に潜ってメールをもう一度見る。いろんなことが、一瞬にして報われた気がした。異なる文化圏で「僕の言語」が伝わった実感を持てた。

いざ行かん、オランダはアムステルダムへ!!!

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