マガジンのカバー画像

文章の練習

21
文章の練習をしております。
運営しているクリエイター

記事一覧

御伽噺の裏話。

友達とおにごっこやかくれんぼをすると、いつも一番最初に鬼に捕まっていた。足が遅くて逃げ切れないのが原因だ。いつか逃げてみせるぞ、と走る練習したが、ちっとも速くならない。そのせいで徒競走なんかではいつも最下位だった。どれだけ頑張っても速く走れなくて泣いていると、先生が「いつも最下位だとしても、最後まで走り切ることがすごいんだぞ」と声をかけてくれた。どうせ最下位だという結果が見えている時に、諦めて走る

もっとみる

大阪の女。

彼氏と付き合って今月で丁度3年。
一緒に暮らしてからは、だいたい2年。
もうすぐ契約の更新が来るはず。
将来のこと考えて引っ越すんやったら、丁度ええタイミングやと思うねん。
あたしも今年で32歳。そろそろ身ぃ固めてもええ頃やと思うねん。
でもな、やっぱりこういうやつは、男から言ってもらいたいやん?あんたも多分「男の俺が言うべきや」って思ってるんかもしらへん。
出来るだけ自然とさ、そろそろどうやろな

もっとみる

解放への切符。

毎日同じ電車に乗り、毎日同じ上司から小言を言われ、毎日同じスーパーに寄り、部屋に帰る。
なにも変わらない、くだらない毎日だ。
先程まで冷蔵庫の中で横たわっていたビールを、たいして面白くもないテレビを観ながら飲み干していく。
今日はピーマンが安かったので、たくさん買ってしまった。
焼いて醤油を垂らしてみたり、茹でて鶏ガラスープの素と和えてみたり。
そういえば、スーパーからの帰り道で女の子を拾ったこと

もっとみる

にへらっこちゃんのこうぶつ。

小さな町の、小さなおうちに住む、いつもへらへら笑っている、彼女はみんなからこう呼ばれている。
「にへらっこちゃん」
にへらっこちゃんはいつもにこにこへらへらしている。
遠くの街へ行く時に、乗った電車で知らないおじさんに肩をぶつけられても、平坦な道でつまづいて転びそうになったときも、雨でずぶ濡れになったときも。
眉尻を下げて、困ったような笑い顔をする。
たいがいのことは笑って流してしまうから、みんな

もっとみる

武器の軽さ

1月24日。晴れ。
新しく仕事を始めた。
男の人と仲良くする仕事らしい。
あまりよくわかってないし、わかる気もないけど、とにかく給料が良いから面接に行ったら、即採用された。
消毒液のタイミングや、コンドームを自然につける方法なんかの研修をした。
「君は可愛いし、話し方も初々しいから、きっと良い客がつくよ!」とオーナーに言われた。
良い客ばかりだといいな。

1月26日。晴れ。
数をこなすと流れがわ

もっとみる

ある日のこと。

連絡がなくなってから、いくらの月日がたったろう。
自分は相も変わらずに暮らしていけてるし、相手もきっとそうだろう。
子供はどうしたのだろうか。結局なにもわからないままだ。
「妊娠したかもしれない」
その文面だけでは、相手が何を伝えたかったのかわからなかった。
結婚しようと言うべきだったのか、病院に一緒に連れ添うと言えば良かったのだろうか。
まだ若い彼女のことだから堕ろす費用を出せということだったの

もっとみる

小豆洗いの再就職

チャラけたホスト崩れのような若者がたむろする駅前の広場。
夢に向かうミュージシャンが弾き語りをしたり、カップルが待ち合わせをしたりして賑わっている。
ぽつんと小さなおじさんが座っている。そのおじさんの傍らには「10分100円いやしのサウンド」と書かれたダンボールが置かれていた。

「ねえおじさん、いやしのサウンドってなにさ」

「聞けばわかるよ」

100円を空き缶に投入したら、おじさんはニコリと

もっとみる

文豪のペペロンチーノ。

机の上に広がる、真っ白な原稿用紙の海。その傍らで寝息をたてている先生にそっと声をかける。
起こされて機嫌が悪いのか、はたまたこのところ頭を悩ませる「スランプ」という病なのか、由紀子には判別ができなかった。
「由紀子、まただめなんだ」
弱音を吐く先生をそっと抱き寄せ、頭を撫でる。
先生の頭の形はとても美しい。きっと親御さんが、赤子の頃に頭を動かして、大事に育ててくれた証なのだろう。
「こんな時は、ペ

もっとみる

兄のワイン。

二歳年上の兄は勉強が得意で、なんでも分析するのが好きだ。僕は兄ほど頭も良くないし、兄みたいな可愛い彼女も居ない。
高校を卒業し、飲食店に就職した兄は一つの夢を見つけた。
ソムリエになること。
まだお酒を飲めない兄は成分や性質なんかを事細かく勉強していた。
親の結婚記念日には親好みのワインを選べるほどに。
一年勉強して、あと一年勉強すれば、ソムリエの資格の参加年齢になれる。その日を夢見て猛勉強してい

もっとみる

猫のヨーコちゃん。

ある日、パパが猫を拾ってきた。
「モモ、この猫はヨーコちゃんだ、仲良くしてやれよー」
ヨーコちゃんは、茶色い毛がくるくるしていて、おめめは切れ長で、全体的にシュッとスリムだった。
家に来たばかりのヨーコちゃんは、家中を荒らし回った。
パパの本棚、台所の戸棚、ママの仏壇。
私はパパの居ない時間をヨーコちゃんと二人で過ごした。
一緒におままごとなんかもしてくれる。
ママがいなくなってから、初めて、家に

もっとみる

なねなねの木

たあくんはいつも夏休みになると、
おばあちゃんのおうちに遊びに行きます。

夏休みの宿題をサボっているとおばあちゃんが
「早く終わらせて、たくさん遊びなね」
と言いました。

おばあちゃんのおうちのおっきいテーブルが
美味しそうなごちそうでいっぱい!
「たあくん、たくさん食べなね」

おっきいお風呂でジャブジャブ遊んでいると
「ゆっくりつかりなね」

夜おそくまでテレビを観ていると
「もう夜だよ、

もっとみる

不器用

朝のアラームは全部とめちゃう
洗濯物は洗ったまんま
脱いだクツも散らかりっぱなし
お皿洗いは気が向いたとき
お菓子の袋は歯で開けちゃう
顔を洗うと服までびしょ濡れ
靴下の相方はいつも行方不明
外にでると鍵をなくし
家に帰ると傘をなくし
世間話に花が咲かない
スマホの充電はいつも少なめ
なにかひとつやると
なにかひとつが抜けていく
落ちないように気をつけるけど
ポロポロこぼれたことすら気付けない

もっとみる

五線譜のメロディー

真っ白な五線譜に切ないメロディーが溢れ出す。
カッターナイフなんかより、鋭いカミソリの方が良い音が沢山流れ出るの。
イヤなことがあった日も、つらいことがあった日も、奏でるメロディーは心を支えてくれる。
別に死にたい訳じゃないの。
ただ生きている証がほしいの。
傷つけたい訳じゃないの。
これしか術をしらないの。
一瞬の痛みを味わえば、生きてる実感がするの。
流れる音符が、私の生きている証なの。

もっとみる

悲しき男の一生。

仕事が終わると、まずは家の近くの墓地に寄る。
愛する人がいつも墓石の前で待っていてくれる。
「おかえり、今日も早かったのね」
まだ泣くことしかできない赤ん坊を抱いて、妻が微笑んでくれる。
「ほら、こないだ会社で自殺があったろう?あれ以降無理な残業や呑み会がなくなったんだ」
吉村はネクタイを少しゆるめ、目の前の妻に話しかける。
今日あった出来事、駅の改札に挟まったこと、公園の猫がはなしかけてきたこと

もっとみる