解放への切符。

毎日同じ電車に乗り、毎日同じ上司から小言を言われ、毎日同じスーパーに寄り、部屋に帰る。
なにも変わらない、くだらない毎日だ。
先程まで冷蔵庫の中で横たわっていたビールを、たいして面白くもないテレビを観ながら飲み干していく。
今日はピーマンが安かったので、たくさん買ってしまった。
焼いて醤油を垂らしてみたり、茹でて鶏ガラスープの素と和えてみたり。
そういえば、スーパーからの帰り道で女の子を拾ったことを思い出した。
まだ高校生くらいの若い女の子だが、制服は着ておらず、大人しめな私服でスクールバッグを抱えていた。
話を聞くと、学校でいじめられていて、母親はほとんど家に寄り付かず、父親はなにかと少女にべったりと構うらしい。
今夜は雨らしいが、このまま外にいたら風邪を引いてしまうから、よければうちに来るか?と声をかけたのだ。
行方不明と扱われても困るので、父親に「今夜友達の家で泊まる」と連絡を入れさせた。
電話の向こうから男の怒鳴り声が響いていたが、少女が「私に男友達がいないのは、パパが一番知ってるでしょ」とゆっくり諭すように話すと、男の声が猫撫で声で何かを言っているのがかすかに聞こえてきた。
帰宅してからトイレにこもったまま出てこない少女に、ご飯ができたと声をかける。
耳を澄ますと、すすり泣くような声が聞こえたので慌てて扉を開ける。
鍵はかけられておらず、血に染まった便器にもたれかかるように少女が蹲っていた。
「どうしたの?お腹痛い?」声をかけつつ少女の背中を撫でると、その背中が小さく震えているのがわかる。
腕は傷口が深く、なかなか血が止まらなかったので少しキツめに包帯で止血した。汚れた服は洗濯をするからと脱がして、代わりの服を着せた。
ひとまずご飯食べよう、と食卓に案内する間も少女の涙は止まらなかったが、あまりに食卓が緑色だったのを見て、少し笑みがこぼれた。
食事を終え、他愛もない会話をした。
最近プールで25メートル泳げるようになったこと、夜中に公園にいたらお化けと間違えられたこと、数学の先生の口癖が面白いこと、つらいこともたくさんあるけど、その分楽しいこともたくさんあるということ、だけどやっぱり生きていたくないと思ってしまうこと。
夜が明ければ家に帰らないといけないが、その前にどこか知らないところに行ってみたい。
「じゃあ明日一緒に出かけてみようよ」と声をかけると少女は気持ちが落ち着いてきたのか、穏やかな表情で眠りに落ちていった。
朝になり、会社に欠勤の報告を入れ、財布をポケットに入れて少女と駅へ向かった。
この路線の、一番遠いところへの切符を買い、改札を抜ける。
旅に出るには最高の天気で、この電車がこのままどこまでといってしまうのではないかと思えるほどだった。
途中の駅で降りて、外の空気を目一杯吸い込む。
ここは一体どこだろう。綺麗な風景が一面に広がっている。
「いつもの電車がこんなところまで連れてきてくれるなんて知らなかったね」
話しかけるも少女の顔は緊張で強張っている。
「あともう少しだね」その言葉で「あともう少しなんだね」と口を開く。
少女は目に涙をためて「お姉さんありがとう」と小さく呟いた。
「大丈夫だよ、一緒にいるからね」
まもなく特急電車がこの駅を通過する時間だ。

まだまだ未熟でありますが、精一杯頑張ります