悲しき男の一生。

仕事が終わると、まずは家の近くの墓地に寄る。
愛する人がいつも墓石の前で待っていてくれる。
「おかえり、今日も早かったのね」
まだ泣くことしかできない赤ん坊を抱いて、妻が微笑んでくれる。
「ほら、こないだ会社で自殺があったろう?あれ以降無理な残業や呑み会がなくなったんだ」
吉村はネクタイを少しゆるめ、目の前の妻に話しかける。
今日あった出来事、駅の改札に挟まったこと、公園の猫がはなしかけてきたこと。

ひとしきり話すと、妻の腕の中で赤ん坊がぐずりだしてしまった。
「あら、そろそろおねむかしらね」
「明日も早いから、帰ろうか」
「そうね。今日もお疲れ様。ゆっくり休んでね。」

そこで記憶はいつも途切れる。
愛する妻と赤ん坊を抱きしめてやることもできない。
そして気付けば、いつものように会社に向かっている。
今日も改札に挟まれ、公園の猫が話しかけてくる。
吉村にはいつも仕事が回ってこない。
窓際のデスクに座り、パソコンで少しでも作業するほかない。
終業の時間になれば、我先にと退勤をし、いつものように墓地に向かう。

「おかえり、今日もお疲れ様」
「ああ、ただいま」

この日は妻が、珍しく礼服を着ている。

「今日はなにかあったのか?」
「ええ、ちょっとね。それより今日も疲れたでしょう?」

少し疲れたような表情の妻の頬を撫でるが、あの頃の温もりは感じない。

「確かに、今日は疲れたみたいだ」
「ゆっくり休んで、もういいのよ」

愛しい赤ん坊の鳴き声が、少しずつ遠のいていく。

墓地に響き渡るのは、赤ん坊の鳴き声と、お経をあげる声。
「世間では、自殺した方が地獄に落ちると言われておりますが、地獄というものはなく、亡くなられた方は皆、極楽浄土へ行けるとされております」

最期に出勤したあの日のスーツは、妻の両親に挨拶に行くときにこさえたスーツ。
首を締めた、あの日のネクタイは、妻が送った初めてのプレゼント。
産まれたばかりの赤ん坊の写真を胸に、吉村は何を思ったのだろうか。

妻には、彼の残した愛する赤ん坊を育てることでしか、もう吉村を愛することはできない。

まだまだ未熟でありますが、精一杯頑張ります