御伽噺の裏話。

友達とおにごっこやかくれんぼをすると、いつも一番最初に鬼に捕まっていた。足が遅くて逃げ切れないのが原因だ。いつか逃げてみせるぞ、と走る練習したが、ちっとも速くならない。そのせいで徒競走なんかではいつも最下位だった。どれだけ頑張っても速く走れなくて泣いていると、先生が「いつも最下位だとしても、最後まで走り切ることがすごいんだぞ」と声をかけてくれた。どうせ最下位だという結果が見えている時に、諦めて走るのをやめてしまうのは簡単だ。だけど、そこで諦めずに走り切るということはとてもすごいことなんだ、と。諦めなければきっといいことがある。私は先生の言葉をそう捉えて、どんなこともできるだけ諦めないようにしようと決めた。
大人になって就職した時も、何事も諦めないぞと意気込んでいた。誰もやりたがらないような案件もこなし、気難しい取引先との交渉も頑張った。分からないことがあれば勉強し、いつしか異国の言葉すらも理解し話せるようになっていた。やる気のない同僚たちからは「彼女は仕事の鬼だから」と飲み会にも誘われたことはなかった。
そういえば、入社してすぐの頃に一度だけ合コンに誘われて行ったことがある。
詳しくはよくわからなかったけど、国を守る仕事をしている人たちだった。いわゆる軍人のようなものなのだろう。みな筋肉質でTシャツがいまにも悲鳴をあげそうなほどだったのは覚えている。その中に一人だけ、Tシャツに余裕のある人がいた。それが彼との出会い。あれから三年程たち、いまは彼の苗字を名乗っている。会社に報告した時に、上司から「仕事の鬼がまさかの結婚か」と驚かれたものだ。結婚したら旦那さんのためにちゃんと家事をするんだぞ、いままでのように残業や出張で各地を飛び回ったりできないぞ、でも仕事もこれだけできるんだから家事なんて完璧にこなすだろうな、と言われてしまった。出来るだけ家のこともしながら、持ち帰った仕事の資料作りなんかもこなした。いままでなら仕事に集中していればよかったが、家のことも考えて、なおかつ旦那との生活リズムも気にしないといけない。あまりの多忙に体調を崩してしまい、旦那に連れられて病院へ行くと、妊娠を告げられた。
これまた会社に報告すると、仕事はいいからゆっくり休んで家族に時間を使いなさいと言われてしまった。たしかに、これまでどれほど気をつかっていても、ゆっくりと家族のために、旦那のために時間をかけていなかったことに気がついた。多すぎた仕事はセーブし、かなりの仕事を周りに引き継ぎ、サポートをするように心がけた。日に日にお腹は大きくなり、旦那との二人の時間は、いつしか子供が加わり、賑やかなものになっていった。
初めての育児にわからないことはたくさんあったが、それを経験した先人はいくらでもいる。自分の親や旦那の親に相談したり、育児書なんかも参考にした。子供はすくすくと育ち、あっという間にコミュニケーションがとれるようになっていった。
イヤイヤ期も始まり、あまりにも言うことを聞かない時は、鬼から電話がくるアプリが良いと聞き、意を決して使ってみたが、子供は怖くないらしく、それどころか「じいじとお電話なの」と言って会話をしはじめる。アプリに出てくる鬼のイラストがじいじに似ているということらしい。こんなに肌の色赤くないのにね。
平和に暮らしていたある日、旦那から恐ろしいことを知らされた。隣の村で大量殺人があったらしい。生き残った人に聞くと、みな口を揃えて「わからない言葉を喋っていた」と震えているらしい。旦那の同僚たちも多く命を落としているようだ。いつこの村にもそういった災難があるかわからないからと気をつけるように言われる。それから何日か経った、ある晴れた日。ご近所さんが慌てた様子で話しかけてきた。
「いまさっき、あそこのタバコ屋に知らない男が店主に刃物を突きつけていた」と。
聞くとその男は目が血走った動物たちをたくさん連れているらしい。
旦那に連絡をいれて、みなを避難させるようにお願いをした。ほどなくして村のスピーカーから避難場所へ逃げるようにと放送が流れた。と、同時に川のほうから動物の鳴き声が聞こえてきた。少しずつ近づいてくる人影を確認すると、手には大きな刀を携えているようです。ゆらゆらと近づいてくるその影が大声で周りに指示をだしているのが鮮明に聞こえてくる。
「女子供から殺していけ。存続させることは許すな」
なぜ異国の言葉がわかったかって?私は仕事の鬼ですよ。近隣の地域であればある程度の言葉はマスターしました。女がいれば子供が産まれる。子供がいれば次の世代につながっていく。彼らはそれを恐れているようです。村の女たちに子供たちを守るように、旦那に彼女たちを守るように急いで連絡をする。少しでも遠くへ、少しでも多く生き残れるように。
刀を持った彼は、私の姿を見ると口元を少し緩ませた。目当ての「女」であること、丸腰であることも要因だと思う。急いで踵を返すと彼は私を追いかけてくる。死に物狂いのおにごっこだ。結局大人になっても足は速くならなかった。そのことだけが悔やまれる。それでも諦めなければきっといいことがある。私は家族を守るために走った。


「そうしてこの村をおばあちゃまが守ってくれたのよ」
「おばあちゃまのおかげでみんなは幸せになったんだね!」
喜ぶ娘の小さな手を握りながら、そっと布団をかける。
「だからあなたもできるだけ諦めない気持ちを持つのよ。そうでないと命をかけてくれたおばあちゃまが…ううっ」
「ママ?」
目頭に思わず手をあてて俯いたその時、頭に鈍い痛みが走る。
「痛いっ!」
振り返るとそこには桃の段ボールを抱えた母の姿があった。
「ちょっと勝手に殺すんじゃないよ」
この話には続きがあって、母が村に仕掛けた大量の罠で「死に物狂いのおにごっこ」をした結果、異国の彼はあまりの楽しさに母と交渉を始めたらしい。
こんなに楽しいアトラクションを使って、もっと人々のために事業をしないか、と。
かなりの好条件で話がすすみ、彼らがこの村を襲うことはなくなり、むしろ用心棒としての役割を果たすようになった。
母が抱えている段ボールの中の桃も、彼らから送られてきた、いわばお中元のようなものだ。
「また桃太郎から桃が届いてね。歯磨きはすんじゃった?じゃあちょっと悪いことしよっか」
にやりと桃を見せる母に、娘が飛びつかないわけがなかった。

まだまだ未熟でありますが、精一杯頑張ります