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【書評】コンラッド『闇の奥』③

ロッシーです。

『闇の奥』について、3回目の書評を書きたいと思います。

前回までの2つの記事は、全然小説の内容について書いていなかったので、今回はきちんとそのあたりを書いてみたいと思います。

『闇の奥』は、様々な解釈が可能な小説です。もうこれまでにも様々な研究がなされていることも分かってはいますが、私なりの勝手な解釈で書いてみたいと思います。ご笑覧ください。

基本的には、すでに『闇の奥』を読んでいる方を念頭に書いていますので、そこのところはご了承ください。

参考にした本は光文社古典新訳文庫の『闇の奥』です。

船上でのマーロウの語り

冒頭は、テムズ川の河口に浮かぶ船上で、マーロウとその仲間たちが過ごしている場面です。登場するのは、マーロウ、船上にいる重役、弁護士、会計士、語り手としての私の合計5人です。

みんななんとなく瞑想にふける気分になっており、何もする気がおきません。ドミノ(=象牙)のゲームを始める気もありません。

そんな中、マーロウはあぐらをかいて座り、まるで苦行僧のような恰好で話をはじめます。ここでのマーロウは何かを悟った存在になっているということが読み取れます。

黄昏も終わり辺り一面は闇の中。聞こえるのはマーロウの声だけです。クルツと同じように、マーロウは「声」だけの存在になっています。

話を聞く仲間たちは、語り手としての「私」を除き、資本主義社会にとって欠かせない存在である役員、弁護士、会計士です。

マーロウが、彼らに資本主義を担う仲間達に対して、ある種の教えを授けるという構図が浮かび上がってきます。それはまるで、仏陀が弟子たちに説法をしたのと同じように。

マーロウは言います。

「昔はこのあたりも暗黒の土地だった」

でも、今は暗黒(=闇)ではなく偉大な英国です。マーロウにとっては英国は光です。そして、その偉大な英国から広がった光は、広大な海を渡り、河から内陸を遡っていき、闇の大陸の奥まで入っていき、それらの大陸を開化させ、光をとどける存在なのです。

ここでいう「光」というのは、ざっくりいってしまえば「資本主義」です。英国の偉大なる力をもって、まだ目覚めていない闇の中を資本主義という「光」で照らしていくのです。

マーロウは、仲間達に自分が悟りを開くにあたり大きなきっかけとなった過去の体験談を話します。

「俺にとっては最大の人生経験を得た場所だった」

と彼は言います。それはコンゴ河奥地での出来事を指します。彼にとっては、それは「一種の光を投げかけてくる経験」だったのです。

そして、彼は語り出します。

船長に就職

さて、話は冒頭の船上の場面から遡って昔の話になります。

当時マーロウは金に困ったのか、仕事を探していました。そんな折、マーロウはふとコンゴ河を見て、その巨大な蛇のような河の形に魅了されます。

「まったく蛇に魅入られてしまったんだ。」

とマーロウは言います。

蛇=イブを誘惑した邪悪な蛇 を意味します。マーロウは蛇に誘惑されてしまうわけです。そして、コンゴ河での船長の仕事につこうとします。

マーロウは早速叔母に頼んで、コネでヨーロッパ大陸の貿易会社に話をつけて、現地での船長の職を得ます。コネがモノを言うのはいつの時代でも同じですね。

しかし、前任者の船長は、原住民とのいざこざにより、槍で背中を突かれて殺されたとのこと。

ひと儲けできるかもという山っ気もあったのかもしれませんが、マーロウもよくもまあそんな危険な職場に行こうとするものです。

向こう見ずと言うか、このリスクテイクする態度は我々日本人も見習ったほうが良いかもしれません。資本主義の発展には欠かせない精神ですからね。

怪しい採用手続き

さて、マーロウは叔母のおかげでコネ入社した会社の採用手続きのため、英国海峡を渡り、ベルギーの首都ブリュッセルに向かいます。

「白く塗られた墓」(=偽善)を連想させる都市と言っており、ブリュッセルとは明記されていません。ただ、2回目の記事にも書いたとおり、当時コンゴはベルギー国王レオポルド2世の私有地でしたから、そのように考えるのが妥当かと思います。

コンラッド自身もベルギーが嫌いだった説がありますが、マーロウも同様にこの都市を「偽善」的な存在としてとらえていたのでしょう。「そういう自分自身はどうなのよ?」という突っ込みはありますが、彼自身は自分を棚に上げる達人のようです。さすがこのあたりは英国紳士ですね。

会社に着くと、何やら怪しい受付嬢が二人現れます。太ったのと痩せたのが、黒い毛糸で編み物をしています。これは、ギリシア神話のクロトーとラケシスかと思われます。「運命の糸」を糸巻き棒から紡ぐのがクロトー(闇の夜の娘)で、その長さを計るのがラケシスです。糸が切れればそこで寿命が尽きるのです。

普通なら、こんな受付嬢を見た時点で「これは何か怪しいぞ!」と思い就職をやめるでしょう。しかしそこは小説ですからマーロウは淡々と手続きをすすめます。

次に、フロックコートに包まれた青白いぶよぶよした物体がでてきます。これは、アルベール・ティースを指しているようです。彼は国王レオポルド2世の右腕で、コンゴの現地経営に関する最高責任者でした。

ただ、この描写はいかにも悪魔的ですね。マーロウは契約書にサインをします。つまり悪魔との契約成立です。そして、その悪魔は「道中ご無事で(ボン・ヴォワイヤージュ)」と呟きます。

契約してから、マーロウは何か不吉な雰囲気や陰謀に巻き込まれるような嫌な感じを抱きますが、気が付くのが遅すぎです。もう戻れません。

自分自身の死の危険を意識しているのか分かりませんが

「死にゆくものから別れの挨拶を」

とマーロウは言います。

その後、マーロウは老医師に頭蓋骨を計られます。このあたりも不気味です。死んだあとに自分の頭蓋骨が悪魔にコレクションされるのではないか?と思うような描写です。

老医師は、「変化は頭の内側で起こる」という意味深なセリフを言います。マーロウがこの旅によって内面に変化が起こることを予感させます。

このあたりの描写は、当時流行していた「骨相学」に関する影響もあるでしょう。個人の頭蓋骨でその性格診断ができるというもので、さしずめ私達の血液型性格診断みたいなものです。それがさらに進むと、たとえば犯罪生物学の祖であるロンブローゾのように、頭蓋骨の形状で犯罪者かどうかが分かるということにまでなりました(今では廃れていますが)。

叔母とティータイム

採用手続きが終わると、マーロウは、コネ入社の力になってくれた叔母に会いにいきます。

叔母は、コンゴ開拓は「無知蒙昧な人達を忌まわしい風習から引き離す」ことが目的なのだと信じています。

マーロウはというと、彼は蛇に誘惑されたのであって、コンゴという暗黒大陸を教化するなどという高邁な理念はそもそもありません。

「会社の目的はお金儲けですよ」

とマーロウは叔母に言いますが、叔母は「働くものが報酬を受け取るのは当然」と双方嚙み合いません。

「女がいかに真実とは無縁か、実におかしなものだよ。」

とマーロウは言います。このあたり、女性蔑視的な発言と捉えることもできますが、果たしてそうなのでしょうか。

小説の最後でマーロウがクルツの婚約者に対してとる行動は、

「女性達の世界を恐ろしい真実から無縁にさせておかないといけない=守らないといけない」

と考えた末の行動だと思います。つまり、マーロウとしては、女性達の世界は守るべき価値があると考えているのです。

女性達の世界というのは、「あまりにも美しすぎる世界」です。社会をもっと良くするための理念やそれを実現するヴィジョン、つまり理想の世界です。

それは資本主義社会にとっては必要な存在です。資本主義は単なる金儲けだけでは成り立ちません。理想と金儲けはセットです(ときにそのような理想は建前かもしれませんが)。

しかし、理想とは脆いものです。だから、男たちが守らないといけないとマーロウは考えているのです。

「俺たち男は、世界が創造された日から、ある浅ましい事実と何とか折り合いをつけて生きてきたわけだが、その事実が美しい世界をぶち壊しにしてしまうんだ。」

とマーロウが言うことからもそれは読み取れます。


さて、悪魔との契約をして一線を越えたマーロウは、船に乗って「地の奥底」であるコンゴ河に向かうことになります。


今回はここで終わります。

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