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小説

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小説と言えるものを、企画を問わずに全てまとめたものです。
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#嫉妬

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」後編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」後編

 男がいつも通り顔をふきながら洗面台から出てくるのを、彼女は、リビングのソファからながめていた。
「ほかえり〜」
 およそ在日一世では知り得ないであろう日本語のスラングをなげかけてみると、え? と、しどろもどろになった。普段から彼女は、こんな具合の遊びをよくする。
「ん〜ん。今日もかわいいね笑」
 そう場を収めて、テレビの方に向き直る。
 それは単なる遊びというだけではなかった。それは、彼女のちょ

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紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」中編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」中編

 十二月三〇日。温。部屋を出たくない。
「は〜またなんかDM来てるよ……もう縮小垢に篭ろうかな」
 と、彼女は昼一時に出て行った。部屋には、残り香と温もりの布団。溶けてしまいたくて仕方がない。仕方がないので、不可抗力で二度寝……などできるはずもなく、年末年始、食うに困らないための作り置きを、一人になった台所で始めた。
 ネットストーカーなんて大仰なことを言っても(たいていの人は、枕詞にネットとつく

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紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」前編

紀政諮「嫉妬なんかと一緒にするな」前編

 差別とか、いじめとか、ストーカーとか、そういうのをやたらと歌うアーティストがいた。新人オーディションの時、審査員はこう批評したらしい。「わざわざそんな特殊なテーマを選ぶ意味はあるのか。過剰な一般化じゃないか。軽んじていないか」
 アーティストがメジャーデビューを果たした日、そのエピソードを知って、リスナーのある男は思った。
「実際にありふれているから、仕方がないじゃないか」と。
 差別とか、いじ

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