101.親への復讐心とその結果。
親から虐げられた、ネグレクトされた、過保護・過干渉された、機能不全な家庭で育った。
だから、非行に走る? 引きこもりになる? リストカットをする?
***
あの日、私は実家に居ました。
翌日から依存症の専門治療をうけるため、入院生活が始まります。
精神病院入院前夜のことでした。
ちょうど、偶然にも、その日は私の19歳の誕生日の前日でもありました。
高校を中退した時から、わずか2年と半年後のことです。
連日、決められた以上の処方精神薬を飲み、時に自殺未遂と称して、アルコールで大量の薬を飲むことも度々しました。
発達途上であろう10代の身体に、大量の薬とアルコール、性行為の強い刺激。
アタマがおかしくならない訳がないのです。
19歳の誕生日前夜の私は、目の焦点があわない、口元が緩い、一点を見つめてボーっとしている、そんな精神疾患者となっていました。
***
実家の2階に私の部屋がありました。
普段は男性とアパート暮らしをしていましたが、この日は病院への移動の都合があったためか、実家にとまっていました。
リビングから母が私を呼ぶ声がしました。
「降りておいでー」
なんのことか、わかりません。
ふらふらと生気のない顔で階段を降り、リビングに入ります。
「なに?」
そこには、ダイニングテーブルの定位置に座る兄と、立ってこちらを笑顔で見ている母が、私の誕生日を祝うホールケーキを持って待っていたのです。
真っ赤なイチゴがのった、白い生クリームの、the誕生日ケーキでした。
「誕生日おめでとう!」
母の顔は
笑っているような
ひきつっているような
疲れているような
純粋に私の誕生日を祝おうとしてくれているような、
そんな母の表情が、
ドンッ!
と私の感情を揺さぶりました。
しばらくまともに泣いていなかったように思います。
この病状末期の頃は、感情という感情が死んだように、ぼーっと引きこもっていましたので、自分でも驚きました。
涙が頬をつたって止まらないのです。
その時の想いはこうです。
「なんなんだ!!
なんなんだ、この親は!!
明日精神病院に入院するっていう娘に
ケーキ?おめでとう?笑顔?
なんなの!?
私は今まで何のためにあんなことしてきたと思ってるの!?
私がやってきたことはなんだったの!?」
***
私の依存による問題行動の行きつく先はいつも、親への恨みでした。
親のせいで、こうなった。私は被害者。
連日連夜の非行(依存による問題行動)、衝動的な自殺未遂、全て全て、自暴自棄な行動の先にあった気持ちは親への復讐心だったように思います。
「お前らの大事なわたしを傷付けてやる!!」
***
全てを親や兄弟、環境のせいにして、飲んでいました。引きこもって自堕落な生活をしていました。大切な体を傷付けていました。
親への復讐心もどこ吹く風
親は、娘がどうであっても、親でした。
あの赤いイチゴがのったケーキを食べながら、観念した、そんな出来事がありました。
***
両親に、辛かったこと、悲しかったこと、本当はどうしてもらいたかったのか、聞いて受け止めてもらい、「寂しい想いをさせて悪かった」と、謝ってもらうこと、それが漠然とした理想だったように思います。
なにが辛くて、なにが悲しくて、本当はどうしてもらいたかったのか、話す勇気がなかった。だから、遠回しな方法(依存による問題行動)によって、伝えようとしていた、全ては私の問題でした。
今、思うことは
「本当に死んでしまわなくて良かった。」
です。
本当に死んでしまっていたら、遺された両親は、心にどれだけ大きな傷をおったことでしょう。
そんなことにならなくて良かった。
心底そう思います。
***
私の親孝行は、まだ叶いません。
ただ、今は元気に生きて、健やかに暮らすことが両親への埋め合わせの第一だと思っています。
自分の健康と幸福に責任をもつ。
もう、嫌だいやだと言って居られません。
生きなくては。
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庭に咲いている金木犀の花が、いい香りです(*^-^*)
五感をつかって生きよう!!
鬱でも、引きこもりでも、無職でも、元気がなくても、だらしなくても、親と疎遠でも、なんでもOK!!
生きていれば、なんとかなる!!
チャンスの神様が現れるのは突然ですよ。
お見逃しなく( *´艸`)✨
今週末も、向日葵相談室の会場でお待ちしております(*'▽')/
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