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連作短編|揺られて(前編)⑦|吾輩はみた(特別編1)

この家にきて3年になるボクは、外の世界のことはあまり覚えてない。
たまにカーテンに潜り込み、人間や紐に繋がれた犬や自由な野良猫たちを窓越しに観察している。

ボクのお世話はママさんがしてくれる。
毎日のごはん、お水やトイレの石の取り換えは本当にありがたい。
ブラッシングはママさんの力の入れ具合が優しくて好き。パパさんのやり方はちょっと痛くて苦手。

朝、いつものように出かけたはずのパパさんが家に戻ってきた。ママさんが念入りにお化粧をしてお出かけしたあとだ。

なんだ?なんだ?
静かに寝ていたのに…気になるじゃないか!

鞄から大きな厚い封筒を取り出し、ダイニングテーブルにその中身を広げた。
何だろう?と、ボクがテーブルの上に乗ると、パパさんに手で払われたけど、床に降りる前にチラッと中身が見えたんだ。たくさん字が書いてある紙が何枚もあって、それと…

ママさんの顔だ!

もうひとりは見たことない人間の男だ!

パパさんはぶつぶつ何か言っている。
パパさん以外この家にはボクしかいないのに。

「興信所で一発だ」

コウシンジョ デ イッパツ ダ?

何言ってるんだ?

テーブルの上に広げたものを、また封筒に戻して、パパさんのいつも持ち歩いている鞄にしまった。

そのあとは、ガサガサとごみ箱を漁ったり、あちこちの引き出しを開けてゴソゴソ何か探している。まるで泥棒みたいなことしている。

『泥棒』ってなんで知ってるかというと、ボクは赤ちゃんのとき泥棒をやっていたからなんだ。
この家に泥棒に入ってつかまったんだ。
そしてこの家の猫になったんだよ。

「この!泥棒猫!」

パパさんは怒ったけど、

「かわいいじゃないの。飼いましょうよ」

ママさんのおかげで今のボクがある。

結局、何も見つからなかったみたい。
パパさんは、ぶつぶつ、ぷんぷん怒りながら玄関へ向かっていった。こちらを振り向きもせずまた家を出ていった。

やっと静かになってソファーで寝ていたら、ママさんが帰ってきた。

なにやら部屋の中を見回している。

ボクを抱き上げながら、耳もとでこう言った。

「ねぇ?泥棒が入ったのね?」

ママさんは嬉しそうに笑ってる。
さっきのパパさんはあんなに怒っていたのに。

ママさんすごい。
どこが違ってる?ボクにはいつもと同じ部屋の中にしか見えないよ!

クンクンとニオイも嗅いでみたけれど、いつもと変わらないと思うよ。
ママさんは何に気がついたんだろう。

「女の勘よ」

オンナ ノ カンヨ?

「ただいま」

夜になってパパさんが帰ってきた。
最近、パパさんの帰ってくる時間は早くなった。いや、早くなったのではなく遅くなることがなくなった。

パパさんの脚に擦り寄ってみたけど、いつものように雑に頭を撫でられただけで、相変わらずボクのことは興味ないみたい。

ボクも男のパパさんには興味ないけどね。

ボクは夜になると目が冴える。
人間は眠たいみたいだけど。

廊下を歩いていたら、パパさんとママさんのベッドの部屋のドアが少し開いていたから、部屋に入って空いているパパさんのベッドの隅っこに横になった。布団がふかふかで気持ちがいい。

パパさんはママさんのベッドにいる。
昼間はあんなにママさんのこと怒っていたのに、今は仲良しなんだね。

でも二人ともなんだか苦しそうだけど大丈夫かな?

「私のこと好き?」

「好きだよ」

「私のこと愛してる?」

「愛してる」

二人はママさんが昼間に観ているテレビでよく聞く言葉を言いあっている。きっと人間にとって意味のある言葉なんだろうな。

パパさんは何を怒っていたんだろう…

ママさんは何で笑っていたんだろう…

どうしてなのか考えてもよくわからなくて、それでも考えていたら眠くなってしまい、ボクはそのまま深い眠りに落ちた。

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