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  • 長編小説(創作)

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水たまり

                   空は今日も高かった 風は季節を運んできて涙腺を撫でる 口腔内、微かに残る渋味に宥め言い聞かせる (間断なく続く車道の往来を 眺め歩い  ていくうちに 私を齧っていく 世界 (剥がれた爪、胸腺の奥を毟られ、リン  パ液は流れて河となる (細胞の抵抗値は尸の数で数えられる 霊柩車が走り出して行った 道は淡い灰色の残り香がする 手の届かない青色は足元に深く、地球の裏側を見せている 水の匂い、土の匂い、数時間前の名残にアメンボがすいすい笑う

    • 紙をめくるおと

      薄いものが剥がれ 動き 畳まれる、おと 手が汗ばむ 紙が波打つ 波打った、紙のわずかな凹凸 呼吸している か み 職場まで電車に揺られる タブレットがメインで紙は稀 アラート!  紙は紙でなく指でなぞるガラス面 精密機械の音階も、おと ――紙に似たとても違う別の何か 綴る心の体温までは変わらない、のか? 紙のおと、髪を搔き上げるおと、 神へ捧げる祝詞、噛み締めた歯の軋むおと (いつか 上座に座った目上のひとが  面接の、かみを、捲るおと、  人生の大半を決める、その時

      • めしべの心皮

        紋白蝶に愛でられて受胎/擬態 子葉の性(野生種のみの特権です 訪れる着床に濃グリーンが排斥する 穿刺された異端/花弁のモビール 「食べられませんとあるので頂戴します 「育てられませんとあるので唾棄します 柏葉を見上げて疎雨をやり過ごす 大音を立てて春仕舞う 「何処から雨を知ったのですか 「浄土の匂いが立ったものですから 心のかたちを手さぐりする、内腔 炙ってみれば浮かび上がるか檸檬湯 末端には丹、肺胞の一つ一つまで 不整脈の呼吸を流し込んでいけ 独り身に任せた不妊/稔性

        • ガラスペン

          立春の午前、ガラスペンを受け取った。 うつろい〈秋〉―― 命名されたガラスペンは、ペン軸が青紫・緑・茶と様々に違う色合いを見せてくる。岡山のガラス工房の作品だ。  三週間前。一月のことだ。  わたしは蔵前に立っていた。オリジナルのインクが作れる店があると云う。万年筆も、ガラスペンも扱っていると聞いた。  ガラスペン。いつか雑誌で見たことがある。  切子のようにきらきらしていた。捩られたペン先の書き味を想像するしかなかった。  連れて行ってくれた人々と、インクの調合を楽し

        水たまり

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          1本

        記事

          新詩集2024/7/18発行と詩集への雑感

          何から書けばいいだろう。 新詩集『常夜灯』の告知を前回の記事更新で取り扱った。今後、定期的に画像やリンクを貼るかもしれないが、今回はスマートフォンから書いているのでそれらはない。 先にもう一度新詩集の詳細に触れておこうと思う。 2024/7/18発行、現在予約中。 正規の価格は2400円+税となる。 ソフトカバー、A5。カバー写真提供はAugust氏。 内容はまだほとんど公開していないが、 月の未明、聲℃、幻代詩アンソロジー、ポエティックパレード、3日で書け! 等、ほか、同

          新詩集2024/7/18発行と詩集への雑感

          耳に緩む水

                                    原島里枝                   歌うように流れ落ちていく。温水を湯船に張る間、ずっと湯の歌に聞き入るのは、空気が凍りつきそうだから。冬場、洗面台の傍に座り込み、しんしんと冷える水回りで一所懸命に待ってしまう。いつか窓ガラスの曇りが融けて光が柔らかく微笑むのを。   新月の翌日、「さようなら」と丁寧に書いたメッセージを送った。別れ     たくはなかったが、それ以外の書き方がもう分からなくなっていたの   で

          耳に緩む水

          「うたのいと〜詩と音楽によるつむぎ〜」感想レビュー(6/14までアーカイブ配信見れます)

          昨日(6/2)、どうしても身体が二つに分裂しないので諦めていたのだが、詩村あかねさんの出演された「うたのいと〜詩と音楽によるつむぎ〜」の有料配信チケットが、今も購入でき、アーカイブを期間限定で視聴できると知った(有料。ツイキャスアカウントが必要になる)。 詩村あかね様/和泉聰子様/大津美紀様/furani様によるコンサート。 配信チケットのご案内ポスト先(大島様のポストを引用しています) (現在は有料にてアーカイブチケットを購入・視聴できます。6/14まで) https:/

          「うたのいと〜詩と音楽によるつむぎ〜」感想レビュー(6/14までアーカイブ配信見れます)

          2024/7/18原島里枝新詩集『常夜灯』(ライトバース出版)を上梓します

          2024/6/18追記更新 2024/7/18刊行、原島里枝新詩集『常夜灯』、予約開始をいたします。定価2400円+税。発売後はAmazonでも取り扱いますが、予約はありませんのでお含みおきください。 ライトバース出版(公式販売サイト・聲℃ストア) 著者直販(予約販売) BOOTH 原島里枝・月の未明BOOTH(通常郵送) 原島里枝・月の未明BOOTH(匿名配送) XのDMでも承っております(相互フォロワーのみ)。 よろしくお願いいたします。 2024/6/11追

          2024/7/18原島里枝新詩集『常夜灯』(ライトバース出版)を上梓します

          西原真奈美詩集『迎え火』を読んで

          赤を纏う。 情熱、覚悟、光、炎……。 そんな風に表現されるかもしれない。 栞を書かれた峯澤典子氏は「受け入れる」とも表現した。 西原真奈美詩集『迎え火』は、美しいと呼ぶには艱難が滲み,痛々しいと呼ぶには凛としている。 静かだが、静寂なわけではない。 ひそやかな息遣いや、希望のような光のゆらぎが、生きる意志を語りかけてくるように、読み手である私へ届けられた。 娘や父母という近しい存在ーー家族へ捧げられた詩集のようにも思う。 どの詩も完成されていて印象的な詩を挙げようとするとかえ

          西原真奈美詩集『迎え火』を読んで

          橘しのぶ詩集「水栽培の猫」を読んで

          橘しのぶ詩集『水栽培の猫』を読んで     原島里枝 黒猫の写真が控えめに、しかし存在感強く表紙に「居る」。 繊細な装丁がこの『水栽培の猫』が愛猫への深い愛情を込めていることが感じられた。 私は詩集を頂くとあとがきから読む癖がある。 今回開くと野木京子さんの栞文が入っていたので、それから拝読した。 この詩集をどのように受け止めようか、野木さんのすんなりと吸い込めるように書かれた栞を拝読して、期待を抑えつつ僅かな高揚まで感じた。そうしてあとがきを開く。 この詩集への想いを知

          橘しのぶ詩集「水栽培の猫」を読んで

          I.D.

          この世界には選ばれた人間に天使がついている。 そのことを啓はこころよく思っていなかった。 啓には天使がついていない。 正確には自分専任の天使が見えない――天使が顕現しなかった人種だ。 人間は原則として誰にも一人ずつ天使がついている。 天使は人間に生まれてから死ぬまでついているが、そのうちのある一定の割合が「実存する天使」として顕現して人間と共に生きる。その天使は世界のあちこちにある「鍵穴」と言われるいくつかの歪んだ時空から現れ、専任するべき人間のもとへ飛び、一生をその人間と共

          しあわせな骨――やじままりさん同名詩篇の本歌取り短編小説

          ・短編小説(ショートショートくらいのごく短いお話です) ・注釈 ・この小説についてと元詩について(詩人について) の順で掲載しています。最後までお目通しいただけるとさいわいです。 ――――――――――――――――  日本では、ちょうど桜の咲く頃だ。  晩年パートナーとなった夫は、「私」の遺言通りに「私」をこの地へ連れてきた。小さく骨となった妻を納めた白い箱――が「私」だ。  大陸は何もかも日本と違う。風の匂いも、空の色も、夜の星の数も違う。  生前、「私」は友人たちと共に

          しあわせな骨――やじままりさん同名詩篇の本歌取り短編小説

          不透明な未来へ

          以下は、次号の月の未明に載せようと思っているエッセイです。 *             新型コロナウイルスが、日本国内で新たなフェーズに入ったとニュースで言われるようになったのは二月十四日の夜頃だった。ふとマスクの残数を考える。冬はインフルエンザ対策、春は花粉症対策のため予めそれなりマスクを準備しておくのが毎冬の我が家の通例だが、新型コロナウイルスCOVID-19のための箱マスクまでは買い足ししていなかった。マスクはどこも売り切れで、消毒用エタノールも無くなっているらしい。

          不透明な未来へ