耳に緩む水
原島里枝
歌うように流れ落ちていく。温水を湯船に張る間、ずっと湯の歌に聞き入るのは、空気が凍りつきそうだから。冬場、洗面台の傍に座り込み、しんしんと冷える水回りで一所懸命に待ってしまう。いつか窓ガラスの曇りが融けて光が柔らかく微笑むのを。
新月の翌日、「さようなら」と丁寧に書いたメッセージを送った。別れ
たくはなかったが、それ以外の書き方がもう分からなくなっていたの
で。返信はもう待っても無駄だと分かるから、SNSのアプリを消し、し
かしまだあるかもと再度入れ、また消してしまう。揺れ、振れる。送っ
たものは届いていて、二週間経っても返って来ないものは、もう来な
い。
水の流れを耳で聴きながら、自分の奥底の冷たい塊は、僅かでも氷解しただろうか、氷点下にも冷える夜の、凍った夜道の、滑る、滑った車のライトの、刺すほどの軋みを、溶かす。柔らかく湯気は生まれるが、あっという間に死んでいく。冬の前には、体温すらもまた。
H2Oがさまざまな姿に生まれ変わるなら、あの人の元へ私の違う姿を届けてくれないだろうか。私の行くべきだった、もう一つの分岐点は何処なのか。
引き返す道のりは、滝となって流れ落ちていくだけ。
岐路を別った墜ちる水がもしも僅かでも温みを保っているなら、ゆっくりと融けて輪郭を丸く緩める。
空から降ってきた白い六花が、アスファルトに黒く滲むと、冬の終わりが幻聴のように聞こえる。
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