沖田瑞穂

神話学者/文学博士/大学非常勤講師/神話学研究所所長。 著書『怖い女』『マハーバーラタ…

沖田瑞穂

神話学者/文学博士/大学非常勤講師/神話学研究所所長。 著書『怖い女』『マハーバーラタ入門』『世界の神話』『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』など。監訳書『インド神話物語 マハーバーラタ』『インド神話物語 ラーマーヤナ』。日本推理作家協会会員。

最近の記事

ある神話学者のがん闘病日記2 死、不安、恐怖

 母が乳がんだった。初期で見つけたので手術で取り、その後は特に治療もせず、治った。ただ、それから大分あとに、すい臓がんを患い、命を取られた。  そんなことがあったので、自分としては定期的に乳がんの自己検診を行っていた。それによって、結果的にまだ小さいうちに見つけられたのは不幸中の幸いであった。  しかし「がん」という病気一般への私の印象はかなり悪い。母より長生きした母方の祖母は、胃がんであった。それも、かなり進んだ状態で見つかった。その時には、祖母は、ほとんど意識がなく、その

    • ある神話学者のがん闘病日記1 もしかして乳がん?

      2022年7月11日、義父が肺がんで亡くなった。ちょうどその日のことであった。自己検診をしていて、右胸に小さなしこりを発見した。むくり、と不安が頭をもたげた。年齢を考えると、がんであってもおかしくない。ただ、私は中学生の時に繊維線種で左胸のしこりを手術で除去したことがあり、今回もそれかもしれない。どちらにせよ、病院を受診する必要があった。 7月22日、近くの総合病院の乳腺外科を受診した。触診とマンモグラフィー、超音波検査を受けた。マンモグラフィーは胸を縦方向と横方向からはさ

      • 神話で読み解くライトノベル100選 13 少女の試練としての監禁

        八緒あいら『「聖女など不要」と言われて怒った聖女が一週間祈ることをやめた結果⇒』アルファポリス、2021年。 今回のテーマは「監禁」だ。少年の旅に対するものとして、少女の監禁を位置付けることができるのかどうか、考えていきたい。 【内容】 祈ることで魔獣が出てくる魔窟を封じている聖女ルイーゼ。ある時王子ニックに「不要」と言われ、それならと、試しに一週間祈りを止めることにする。その間ルイーゼはある場所に監禁される。見張りには騎士アーヴィングが付き、身の回りの世話をミランダお

        • 神話で読み解くライトノベル100選 12 聖女という職能

          上下左右『王宮を追放された聖女ですが、実は本物の悪女は妹だと気づいてももう遅い 私は価値を認めてくれる公爵と幸せになります』ベリーズファンタジー、2021年。 ※以下の記事には表題の作品についてのネタバレが含まれています。ご注意ください。 ラノベによく登場する「聖女」。作中でさまざまに活躍する。それはつまり「労働」でもある。ここでは主に聖女の労働について考えていきたい。 【内容紹介】 歴代最高の力を持つ聖女のクラリスは、王子であるハラルドと婚約していたが、ある日突然婚

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          神話で読み解くライトノベル100選 11 成長を促す胞衣としてのドレス

          高遠すばる『婚約破棄された目隠れ令嬢は白金の竜王に溺愛される』アルファポリス、2020. ※以下の記事には表題の作品についてのネタバレが含まれています。ご注意ください。 今回のテーマは「胞衣」である。少女がそこに籠り、また出てくる「再生」の象徴だ。あらすじを見てみよう。 伯爵令嬢のリオンは、義母と義父、義妹に虐待されて生きていた。婚約者の第一王子シャルルとの結婚だけを心の支えとしていた。しかし婚約のお披露目会でシャルルはリオンとの婚約破棄を宣告する。義妹をいじめたという

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          神話で読み解くライトノベル100選 10 女性の自立と職能

          屋月トム伽『望まれない王女の白い結婚…のはずが途中から王子の溺愛が始まりました』アルファポリス、2021. ※この記事には表題の作品についてのネタバレが含まれています。未読の方はご注意ください。 本書を題材として考察したいのは、少女/女性の幸福と「職能」の関係である。さっそく、あらすじから見ていこう。 小国ルインの王女フィリスは、戦勝国であるガイラルディアの王太子に嫁ぐことになる。しかも第二妃、正妃となるのはガイラルディアの伯爵令嬢ジゼルだ。フィリスがガイラルディアの宮

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          神話で読み解くライトノベル100選 9 少女と時間

          ゆなか『お酒のために乙女ゲー設定をぶち壊した結果、悪役令嬢がチート令嬢になりました』1,2、KADOKAWA、2020年。 ※この記事には、表題の作品についてのネタバレが含まれています。未読の方はご注意ください。 早速だが、あらすじから紹介しよう。 事故で死んだ現代日本のアラサー女子・和泉は、異世界の貴族の令嬢・シャルロッテとして転生した。ところがそのシャルロッテは、前世の乙女ゲームの中の悪役令嬢、つまりヒロインに意地悪をして断罪される宿命の人物だった。その代わりにとい

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          神話で読み解くライトノベル100選 8 王権を与える女神の系譜

          月神サキ『王太子妃になんてなりたくない!!』メリッサ文庫、2016年。 ※本記事には、表題の作品についてネタバレがあります。未読の方はご注意ください。 ラノベ100選、今回扱うのは「ほぼ官能小説」だ。しかし重要な神話的要素が物語の中核に現われている。 筆頭公爵令嬢のリディアナは、父から王太子に嫁ぐことを命じられる。リディアナは日本人としての前世の記憶を持ってこの世界に転生してきたので、王族の一夫多妻制が絶対に許せない。だから王族とは結婚しないと固く決意していた。そこで、

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          神話で読み解くライトノベル100選 7 神が見守る少女と少年の恋

          真波潜『真実の愛を見つけたから婚約破棄、ですか。構いませんが、本当にいいんですね?』宝島社、2021. 注:本作は2021年12月の発売と新しく、これから読まれる方も多いと思う。この記事にはネタバレが含まれているのでご注意いただきたい。 ラノベ百選のコラム、今回は簡単な作品紹介と、分析の見通しのみ書いておきたい。 まずは簡単なあらすじを。王太子のジュードは神より頑健の加護を授かっているが、その加護があまりに強力なため、「眠れない」という副作用がある。一方、伯爵令嬢のルー

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          神話で読み解くライトノベル100選 6 理論編2

          神話で読み解くラノベ、今回も理論的なことを考えたい。テーマは「エロス」。ラノベには、読者層を考えると「これでよいのか」と思ってしまうほど、エロスの要素が大きいものがある。事細かに性交の様子を描き、その最中のイラストもついている。 ところでエロスといえばやはり神話だ。原初のエロスを描く話が神話には多く見られる。なぜなら、男女の性の交わりによって新たな生命が誕生することからの類推で、世界そのものも、原初の性交によって誕生したとする発想が働くからだ。 たとえば日本の神話で、原初

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          神話で読み解くライトノベル100選 5 理論編1

          神話で読み解くラノベ、今回は理論的なことを考えたいと思う。現代における神話、というテーマについてだ。 そもそも神話の役割とはさまざまで、一つには世界の成り立ちを語るということがある。他に重要な役割として、少年の成長のモデルを示すというものもある。たとえばギリシア神話の英雄ペルセウスの場合を考えてみよう。ペルセウスは塔に閉じ込められた人間の女ダナエから生まれた。父は大神ゼウスだ。生まれてすぐ、母と共に箱に入れられて流された。たどり着いた先で養育され、成長すると旅に出て、魔物(

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          神話で読み解くライトノベル100選 4 父との負の関係

          父との関連はライトノベルにとって重要である。そこからの自立、あるいは克服が裏テーマとなっていることが多く見られるからだ。ここではそのような話を一つ考察していきたい。 志野田みかん『虐げられた令嬢は、実は最強の聖女』アルファポリス、2020年。 ※以下の記事にはネタバレが含まれている。未読の方はご注意いただきたい。 主人公のリリーシュアは幼いころに母を亡くし、義母と義妹、そして実の父によって古い塔に幽閉され、虐待されて成長した。さらにある時、第二王子マンフレートとの婚約も

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          神話で読み解くライトノベル100選 3 現代のアテナとは

          ライトノベルには「強い女主人公」がよく出てくる。世界観としては父や夫の地位に境遇を左右されがちだ。今回取り上げる少女は「父」との関係性において考察すると面白いことがわかってくる。 井藤美樹『婚約破棄ですか。別に構いませんよ』アルファポリス、2021年。 主人公の少女セリアは魔力が高いため辺境地を守る役割を担っていた。そのため公爵家の子息である婚約者に見下され、ある時婚約破棄を言い渡される。ところがこの婚約者は、セリアが皇帝の愛娘であることを知らなかった。そう、辺境地を守る

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          神話で読み解くライトノベル100選 2 王権を与える女神2

          前回に引き続き、「王権」をキーワードにライトノベルを読み解いていきたい。今回の題材はこちら。 山野辺りり『堕ちた聖職者は花を手折る』イースト・プレス、2020年。 神殿で下働きをしている主人公の少女ユスティネは、その神殿でひそかに暮らすアルバルトリア国の王太子レオリウスの世話をすることになる。王太子の父である国王は弟のグラオザレに殺害され王位を奪われ、母はグラオザレの妃とされた。ユスティネはその不遇の王子の側に仕えることになり、レオリウスの温かい心に惹かれていく。 ところ

          神話で読み解くライトノベル100選 2 王権を与える女神2

          神話で読み解くライトノベル100選 1 王権を与える女神

          若者から大人まで、広い範囲で人気の「ライトノベル」。実はこの分野、神話から読み解くととても面白いのだ。現代の神話として役割を果たしているのか。考えていきたい。 今回の題材は、こちら。 砂城『蹴落とされ聖女は極上王子に拾われる』ノーチェ文庫、2020年。 以下、表記の作品へのネタバレが含まれています。未読の方はご注意ください。 主人公は加賀野絵里、二十一歳の大学三年生だ。あるとき神的な何者かに召喚されて、異世界に転移させられたが、その時に誤って同時に召喚された同級生に突き

          神話で読み解くライトノベル100選 1 王権を与える女神