神話で読み解くライトノベル100選 2 王権を与える女神2



前回に引き続き、「王権」をキーワードにライトノベルを読み解いていきたい。今回の題材はこちら。
山野辺りり『堕ちた聖職者は花を手折る』イースト・プレス、2020年。


神殿で下働きをしている主人公の少女ユスティネは、その神殿でひそかに暮らすアルバルトリア国の王太子レオリウスの世話をすることになる。王太子の父である国王は弟のグラオザレに殺害され王位を奪われ、母はグラオザレの妃とされた。ユスティネはその不遇の王子の側に仕えることになり、レオリウスの温かい心に惹かれていく。

ところがある時、レオリウスの様子が一変して荒んでいる。彼の母が亡くなったのだ。たまたまその時庭で水浴をしていたユスティネがレオリウスに見つかり、このときにユスティネの身体のあざが彼の目に入る。それは「乙女」の印だった。

アルバルトリア国では神に認められた「乙女」のみが王の伴侶となることができる。その特徴は身体にある花のようなあざであるが、このことは極秘とされている。「乙女」を騙る者が出ないようにだ。ほとんど諦めていた「乙女」を発見したレオリウスは、狂ったようにユスティネの身体を求め、それ以降彼女を神殿の奥深くに監禁してその身体を貪った。

ある時レオリウスは叔父にあたる国王グラオザレに呼び出され、王宮に赴くことになる。ユスティネも「乙女」であることが知られないよう、侍女としてついていくことになった。そのように行動を共にする中で、二人の間に真の「愛」が育まれていく。

ユスティネは思う。「乙女」は愛によって国を守る。国王への愛だ。国王は「乙女」の愛を受けて、国の根幹に愛を据え、統治する。だからこそアルバルトリアは小国ながらも繁栄することができたのだ。

この「乙女」の存在は、前回とりあげたケルトの王権の女神の神話によって読み解くことができる。「乙女」もまた、王を選び王権を保証する、王権の女神なのだ。前回と同じ話になるが、森の中の小屋にいた醜い老婆は、王子とベッドを共にすることで麗しい美女に変身した。そしてこの女神は、王の伴侶であるのだ。実際には王妃が王権の女神の化身とされる。したがって王妃がいない王は、その権限を認められなかった。たとえばケルトには、王に妃がいないため人々が税金を払おうとしなかった、という神話がある。妃がいないことは、王権の女神に認められていないことを意味していたのだ。

ケルトの神話における王権の女神と王の関係が、本作におけるユスティネとレオリウスの関係に相当する。レオリウスははじめユスティネの身体を蹂躙したが、それでは王となる資格を得ることはできなかった。彼女を心から愛し、互いに想いあう関係になってはじめて事態は動き始め、レオリウスは叔父を倒して王権を手に入れることができたのだ。

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