神話で読み解くライトノベル100選 1 王権を与える女神

若者から大人まで、広い範囲で人気の「ライトノベル」。実はこの分野、神話から読み解くととても面白いのだ。現代の神話として役割を果たしているのか。考えていきたい。

今回の題材は、こちら。
砂城『蹴落とされ聖女は極上王子に拾われる』ノーチェ文庫、2020年。


以下、表記の作品へのネタバレが含まれています。未読の方はご注意ください。

主人公は加賀野絵里、二十一歳の大学三年生だ。あるとき神的な何者かに召喚されて、異世界に転移させられたが、その時に誤って同時に召喚された同級生に突き飛ばされ、異世界の辺境に落ちてしまう。そしてその同級生の片野春歌が、絵里がなるはずだったディアハラ国の聖女の地位につく。絵里はといえば、異世界の海の真ん中に落ちてしまい、必死で泳いで岸までたどり着く。そこで倒れ伏してしまった絵里を助けたのが、中年男性のライムートだった。

このように始まる本書の物語は、いわゆる「異世界転移もの」かつ「召喚された聖女もの」に分類することができるだろう。この話の面白いところは、主人公の絵里の、男性に対する変わった嗜好にあって、彼女は『枯れ専』あるいは『おじ専』と呼ばれる、ようするに中年男性が好みだったのだ。それは彼女が早くに父親を亡くしたことと関係しているようだ。そして彼女を助けたのがまさにその、絵里にとって「ドストライク」の中年男性だった。二人はこのあと共に旅をして、その道中、絵里はついにライムートの寝台に服を脱いでもぐりこみ、必死に自分から口説いてついに交わりをもつ。

重要なのはここからだ。共寝したその翌日、絵里が起きてみるとライムートがいない。かわりになぜかキラキラの美青年が部屋の中にいる。これが実はライムートの本当の姿で、彼は予言者的な人物から呪いをかけられていて中年男性の姿にさせられていた。絵里との一件で条件が満たされたので本来の姿に戻ったのである。そして彼はシルヴァージュ国の第一王子であった。絵里は彼に連れられてシルヴァージュ王国に行き、歓迎される。

この話は、ケルトに伝わる王権の女神の神話から読み解くことができる。ケルトでは、王権は女神によって与えられることになっている。女神が王を選ぶのである。そのことに関して、このような神話がある。

五人の王子が森で狩りをしていて道に迷う。王子たちは小屋を見つけて中に入ってみると、そこには食べ物と飲み物が豊富に用意されている。その家には醜い老婆がいて、自分と床を共にするならば泊めてやろうと言う。上の四人の王子は断るが、一番下の王子が条件を受け入れ、老婆とともに寝台に向かう。すると老婆は絶世の美女に姿を変えて、「わたしは「支配」、フラティウスです」と名乗った。

ケルトでは王国そのものが女神であると考えられていた。醜い老婆として現われる王権の女神は荒廃した国土を、美女に変身した女神はこれから豊かになる国土を、それぞれ表わしている。

そのように老婆から美女に変身する王権の女神と、中年男性からキラキラ青年に姿を変える第一王子。男女と役割が反転しているが、このような物語上の構造の変化はよくあることである。


ケルト神話 王子が王権の女神と交わる→老婆が美女に変身する

(姿が変わるのは女神すなわち女で、王権を認める側)

『蹴落とされ聖女は~』 王子が聖女と交わる→中年男性からもとの青年に戻る

(姿が変わるのは王子すなわち男で、王権を認められる側)


絵里は神話の王権の女神の役割を引き継いで、ライムートを次代の王と認めて選ぶ役割を果たしているのだ。

この後の物語は、絵里と共に召喚されて聖女の座に居座っている春歌と対決し勝利、無事に絵里はライムートと結ばれシルヴァージュの王太子妃となってハッピーエンド、である。


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