神話で読み解くライトノベル100選 3 現代のアテナとは

ライトノベルには「強い女主人公」がよく出てくる。世界観としては父や夫の地位に境遇を左右されがちだ。今回取り上げる少女は「父」との関係性において考察すると面白いことがわかってくる。

井藤美樹『婚約破棄ですか。別に構いませんよ』アルファポリス、2021年。

主人公の少女セリアは魔力が高いため辺境地を守る役割を担っていた。そのため公爵家の子息である婚約者に見下され、ある時婚約破棄を言い渡される。ところがこの婚約者は、セリアが皇帝の愛娘であることを知らなかった。そう、辺境地を守ることは国家の大事な役割であり、皇女が自らその任についていたのだ。セリアは婚約破棄よりも辺境地の重要性を認識していない愚かな婚約者に怒りを覚えつつ、彼とその恋人を言い負かしていく。本書はセリアの一人称で語られており、その小気味よい口調が魅力だ。

さて、セリアは隣国の学園に通っているが、この隣国でもひと騒動が起こり、これは同盟を結ぶ三国を巻き込むことになる。セリアはその動乱の中でも、父である皇帝と連携して、持ち前の聡明さで自国に利益をもたらすべく動く。そこで彼女が武器とするのは、魔術で作られた器具を用いた、要するに録画・録音という「証拠」である。これを持ちだして隣国のいけすかない王子とその取り巻きたちを追い詰めていく。

神話では、父と連携して動く聡明な娘といえばまず思い浮かべるのはギリシアのアテナ女神であろう。彼女はゼウスが一人で産んだ娘で、父の強大な力を受け継ぎ、また父の額から生まれたことからも分かるように、知恵に優れた女神だ。

私の現段階での見通しでは、ライトノベルにおいて父―娘関係は重要な要素である。この二者の関係が良好であれば娘はたくましく育つし、関係が悪い場合には娘は悲劇からなかなか脱出できない。その場合、娘はその家から自分を連れ出してくれる恋人の出現を待たなければならないのだが、それはまた別の物語だ。

本書で徹底されているのはセリアの「強さ」だ。身分もあり魔力にも優れた女主人公の像はまさに「最強」。さらにそこに知恵も加わる。これこそ現代のアテナであろう。まことにあっぱれな女主人公像だ。


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