安道久一郎 Qichiro Ando

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  • 安道のタン編小説ヨセアツメ

    安道久一郎です。短編をまとめてます。ご一読願います。

記事一覧

(長編) 大難波船 4/6

劇場ではそこそこ引っ張りだこで、テレビの露出も月に数回程度まで増えてきていた厳寒の初春。この日は大阪のハズレの方にあるテーマパークにて営業の仕事だ。

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(短編) きっと明日は

彼のことを考えるだけでこんなに苦しい思いをしてしまうのなら、私は本人を目の前にしたら倒れてしまうのではないかと、いつも思う。 今日もそうだ。 こんなひどい雨の中…

(長編) 大難波船 3/6

セダンタクシーからの車窓はしばらく続く低い建物たちを映し出していた。その奥にある広い空はこの先徐々に狭まっていくだろう。文字通りのスカイブルーで目を焦がせられる…

100

(超短編) とどまってくれ!

セミの鳴き声も随分と落ち着いてきたように感じる。あの騒音レベルとは程遠い不思議な心地よさがある、九月初旬の音。俺は窓の外をふわふわと漂う入道雲とその手前で揺れる…

(短編) 待ち遠しかった

会いに来てくれてうれしかったなぁ。たった五ヶ月であんなにもしっかりと言葉を操れるようになるんだな。 懐かしく思えてならないよ。ユウタロウも君ぐらいの時はおしゃべ…

(長編) 大難波船 2/6

高砂さんとの約束の日、俺は御堂筋線なんば駅にいた。それはいつもと違って見えてこれから俺を新世界へ誘う魔法の入り口のようだった。改札を出てメールでもらった住所に向…

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(短編) 変わらないでと願う夏

蝉の声がさんざめく真夏の甲子園球場のスタンド席から私は球場全体をぼんやりと眺めていた。まだ小さかった頃に母と兄の試合を応援に行った時の記憶。 母のさす小ぶりな日…

(長編) 大難波船 1/6

端的に言うと、四年ぶりの帰省は知らない人が増えていた。兄貴の子供(甥っ子)は俺の窺い知らぬうちに言葉を巧みに操るようになっていた。 「初めまして。おじさんのこと…

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うつろってただよう

〈あらすじ〉 都内の大手医療機器メーカーの営業マン岡田海人。彼は愛する婚約者明梨との結婚を控えて、大きな仕事も任されるようになっており、順風満帆な人生を歩んでい…

「ライフ・スクランブル」 第一話

あらすじ 大都会東京のど真ん中の渋谷駅裏に聳える超高層ビル。そのほぼ最上階に店を構える、年収二千万円を超える人のみが出入りする超高級会員制カフェ『cafe Pass Life…

「ライフ・スクランブル」 第二話

第二話 「今作のタイトルにかけまして出演者の皆様の最近ついつい眺めていしまうことをお聞きしていきたいのですが、浅山さんは何かついつい眺めてしまうものはありますか…

「ライフ・スクランブル」 第三話

第三話 「どうなの?」 マネージャーは私がこんなの出鱈目だ、と言ってくれることを信じている。その心境が彼女の話す日本語の丁寧すぎる発音から読み取れる。 ここで嘘…

(短編小説) 桜の散る頃、気づきを得ること。

春の麗らかな陽気に照らされた教室は騒々しい。騒ぎたい盛りの小学三年生たち独特の高音は時間を早めていて、教師に時間はあってないようなものなのにそれを一切考慮しない…

(4/4)独りで歩く、誰かと走る。

もうすぐ三歳になる真波を抱いているのが脇阪家に馴染んできた。脇阪一家は笑顔の絶えない空間がよく似合っていた。その一員に真波を加えられたことを誇りに思う。 私の膝…

(3/4)独りで歩く、誰かと走る。

十五時を回る少し前にチェックアウトした。あの後可奈さんが好きだと言った映画をホテルのオンデマンドで一緒に鑑賞した。内容がゴリゴリのホラーだったので俺はほとんど目…

(2/4) 独りで歩く、誰かと走る。

それから俺たちはほぼ毎日顔を合わせる間柄になる。可奈さんが「白将」に来てくれたり、コインランドリーに行く時間を合わせてそこでたわいもない話や互いの愚痴を披露し合…

(長編) 大難波船 4/6

(長編) 大難波船 4/6

劇場ではそこそこ引っ張りだこで、テレビの露出も月に数回程度まで増えてきていた厳寒の初春。この日は大阪のハズレの方にあるテーマパークにて営業の仕事だ。

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(短編) きっと明日は

(短編) きっと明日は

彼のことを考えるだけでこんなに苦しい思いをしてしまうのなら、私は本人を目の前にしたら倒れてしまうのではないかと、いつも思う。

今日もそうだ。

こんなひどい雨の中、彼のもとへ気がつくと向かっていた。胸を締め付けられながら少しずつ彼に近づこうとしている。

半年間、毎週のように通うこの道。引き返す頃にはこの気持ちは限りなく薄れているのも慣れっこ。

右の小脇に潜ませたエコバックからは具材たちが息苦

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(長編) 大難波船 3/6

(長編) 大難波船 3/6

セダンタクシーからの車窓はしばらく続く低い建物たちを映し出していた。その奥にある広い空はこの先徐々に狭まっていくだろう。文字通りのスカイブルーで目を焦がせられることは、日ごろ大都会に住む身としては有難い静謐なもののように感じる。

自らの母親にあんな恥ずかしいセリフを吐ける日が俺にも来たのかと感慨にふけていると、

「兄ちゃん、なんかやってんの」

帽子の隙間から白髪ののぞく運転手さんが快調に車を

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(超短編) とどまってくれ!

(超短編) とどまってくれ!

セミの鳴き声も随分と落ち着いてきたように感じる。あの騒音レベルとは程遠い不思議な心地よさがある、九月初旬の音。俺は窓の外をふわふわと漂う入道雲とその手前で揺れるレースのカーテンの影を網膜にうつしていた。

今日は2学期の始業日、クラスメイトたちは再会に胸躍るといった様子だ。方々から大きな声を出し合い各々の喜びの丈と夏休みの土産話を披露していた。教室窓側の二列目後方に陣取った俺の新たな席は誰からも見

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(短編) 待ち遠しかった

(短編) 待ち遠しかった

会いに来てくれてうれしかったなぁ。たった五ヶ月であんなにもしっかりと言葉を操れるようになるんだな。

懐かしく思えてならないよ。ユウタロウも君ぐらいの時はおしゃべりが好きな子どもだった。婆さんもそう言っていたがな。

おっ、ウィンカーが出たということは、この先で休憩を挟むんだな。そりゃそうか。ユウタロウが朝っぱらから呑んだせいでコノカさんに運転を押し付けるようなことをしたもんだからな。

ごめんな

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(長編) 大難波船 2/6

(長編) 大難波船 2/6

高砂さんとの約束の日、俺は御堂筋線なんば駅にいた。それはいつもと違って見えてこれから俺を新世界へ誘う魔法の入り口のようだった。改札を出てメールでもらった住所に向かって歩き出す。三月の上旬の繁華街はたいそうな人出で賑わいを見せていた。

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(短編) 変わらないでと願う夏

(短編) 変わらないでと願う夏

蝉の声がさんざめく真夏の甲子園球場のスタンド席から私は球場全体をぼんやりと眺めていた。まだ小さかった頃に母と兄の試合を応援に行った時の記憶。

母のさす小ぶりな日傘のわきから見える青く澄み渡った夏空と輪郭がはっきりとした入道雲。それを全て飛び越えて私たちを照らすうだるほどの暑い日光。私たちの周りには他の選手の家族や強豪野球部の控えの面々が応援に喉を枯らす。

野球のルールをよく把握できていない時分

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(長編) 大難波船 1/6

(長編) 大難波船 1/6

端的に言うと、四年ぶりの帰省は知らない人が増えていた。兄貴の子供(甥っ子)は俺の窺い知らぬうちに言葉を巧みに操るようになっていた。

「初めまして。おじさんのこと知らへんよな」

生まれた直後に一度会っただけだがおそらく彼の中では初めましてだろうからと考え俺はそのテンションで臨んだ。しかしそんな野暮ったい懸念とは裏腹に彼はグイグイ俺に迫ってきた。

「オレ、リュウセイくんのこと知ってんで」

「マ

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うつろってただよう

〈あらすじ〉

都内の大手医療機器メーカーの営業マン岡田海人。彼は愛する婚約者明梨との結婚を控えて、大きな仕事も任されるようになっており、順風満帆な人生を歩んでいる。そんな彼には誰にも言えない”趣味”があった。自らにメイクを施し、女性物の下着や服装を纏い楽しむいわば女装癖だ。男性の面として明梨を愛し、女性の面として誰かに愛されたい岡田にとってこのまま続いてしまう恵まれた人生では思いが排反してしまう

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「ライフ・スクランブル」 第一話

あらすじ

大都会東京のど真ん中の渋谷駅裏に聳える超高層ビル。そのほぼ最上階に店を構える、年収二千万円を超える人のみが出入りする超高級会員制カフェ『cafe Pass Life』を中心に織りなす人間模様の交差を描く。
生きるのが下手な気の強い人気モデル「浅山美鳥」。心優しくどこまでもまっすぐなヤクザ「並木肇」。柔和で気配りの名人、リーダーシップも兼ね備える丸の内OL「太田・Emma・佐与子」。世間

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「ライフ・スクランブル」 第二話

第二話

「今作のタイトルにかけまして出演者の皆様の最近ついつい眺めていしまうことをお聞きしていきたいのですが、浅山さんは何かついつい眺めてしまうものはありますか?」

「そうですねぇ、リアルタイム映像とか見ちゃいますね。YouTubeで渋谷や新宿の今の映像とかが垂れ流しで中継されているんですよね。行き交う人々の様子とか街の喧騒を見てとれるんです。そういうのはついつい見ちゃってますね」

ついに明

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「ライフ・スクランブル」 第三話

第三話

「どうなの?」

マネージャーは私がこんなの出鱈目だ、と言ってくれることを信じている。その心境が彼女の話す日本語の丁寧すぎる発音から読み取れる。

ここで嘘をつけば助かるのかもしれない。並木にも説明して口裏を合わせてもらうことも可能だろう。でも、きっとどこかでそのメッキも剥がれて世間に真実は伝わる。そんなことになれば今回のものに尾ひれがついてまわるだろう。そんな人間を何人も見てきた。私が

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(短編小説) 桜の散る頃、気づきを得ること。

(短編小説) 桜の散る頃、気づきを得ること。

春の麗らかな陽気に照らされた教室は騒々しい。騒ぎたい盛りの小学三年生たち独特の高音は時間を早めていて、教師に時間はあってないようなものなのにそれを一切考慮しないその姿勢はなんとも清く正しい。

二時間目と三時間目の間の中休みに教室の隅の机で児童の宿題を確認しているのは、今年からこの私立小学校に赴任した三年二組の担任の山本先生、通称『やまちゃん先生』。いま手元にあるのは『毎日ノート』といって、児童が

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(4/4)独りで歩く、誰かと走る。

(4/4)独りで歩く、誰かと走る。

もうすぐ三歳になる真波を抱いているのが脇阪家に馴染んできた。脇阪一家は笑顔の絶えない空間がよく似合っていた。その一員に真波を加えられたことを誇りに思う。

私の膝の上で進次郎さんの絵本を思慮深く読み込む真波。サラサラの髪がつむじを中心に渦を巻いている。

顔を上げると真波に対してみんなの視線が釘付けであった。私の娘なのだから当然だ。左隣のリョウちゃんはいつの間にか机に突っ伏して寝込んでいた。居酒屋

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(3/4)独りで歩く、誰かと走る。

(3/4)独りで歩く、誰かと走る。

十五時を回る少し前にチェックアウトした。あの後可奈さんが好きだと言った映画をホテルのオンデマンドで一緒に鑑賞した。内容がゴリゴリのホラーだったので俺はほとんど目を伏せ、キャラクターの悲鳴だけを聞き続ける一時間半を過ごした。感想を求められた際そのことを素直に打ち明けた。

「私の横でそんなことになってたんですか?最高ですね」

パァッと笑顔を咲かせて声高に言ってのける可奈さん。

錦糸町の青く澄んだ

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(2/4) 独りで歩く、誰かと走る。

(2/4) 独りで歩く、誰かと走る。

それから俺たちはほぼ毎日顔を合わせる間柄になる。可奈さんが「白将」に来てくれたり、コインランドリーに行く時間を合わせてそこでたわいもない話や互いの愚痴を披露し合ったりした。

十二月も中盤がすぎ今年も残すところ十日と僅かという休日、目を覚ますと可奈さんから一通の連絡が来ている。クリスマスの日に現在公演中の舞台の千秋楽がある。そのタイミングで渡すクリスマスプレゼントを一緒に選んで欲しいとのことだった

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