安道 久一郎 Qichiro

何卒よろしゅう。 Xではショートショートをガンガン投稿中。 投稿スケジュール X 平…

安道 久一郎 Qichiro

何卒よろしゅう。 Xではショートショートをガンガン投稿中。 投稿スケジュール X 平日の6:00と12:00に超ショートショート。 note 水曜日の18:00に中編。        日曜の12:00に有料長編。

最近の記事

(短編小説) 桜の散る頃、気づきを得ること。

春の麗らかな陽気に照らされた教室は騒々しい。騒ぎたい盛りの小学三年生たち独特の高音は時間を早めていて、教師に時間はあってないようなものなのにそれを一切考慮しないその姿勢はなんとも清く正しい。 二時間目と三時間目の間の中休みに教室の隅の机で児童の宿題を確認しているのは、今年からこの私立小学校に赴任した三年二組の担任の山本先生、通称『やまちゃん先生』。いま手元にあるのは『毎日ノート』といって、児童が明日の時間割と三行の短いスペースに日記を書く個人連絡帳のようなもの。三十四人のク

    • (1/6) 大難破船

      第一幕 四年ぶりの帰省は肌感覚として知らない人が増えていた。兄貴の子供(いわゆる甥っ子)は言葉を巧みに操っていた。 「初めまして」 生まれた直後に一度だけあったがおそらく彼の中では初めましてだろうから俺はそのテンションで臨んだ。しかしその懸念とは裏腹に彼はグイグイ俺に迫ってくる。 「タツキくんのこと知ってんで」 「マジで?」 「芸人さんやろ。タツキくんがテレビに出てたらパパいっつも言うてんで。『祐希の叔父さんやで』って」 俺はその時思い出した、兄貴は元来からのミ

      • (4/4)独りで歩く、誰かと走る。

        もうすぐ三歳になる真波を抱いているのが脇阪家に馴染んできた。脇阪一家は笑顔の絶えない空間がよく似合っていた。その一員に真波を加えられたことを誇りに思う。 私の膝の上で進次郎さんの絵本を思慮深く読み込む真波。サラサラの髪がつむじを中心に渦を巻いている。 顔を上げると真波に対してみんなの視線が釘付けであった。私の娘なのだから当然だ。左隣のリョウちゃんはいつの間にか机に突っ伏して寝込んでいた。居酒屋の店長さんがここまで酒に弱いとは。 「マナちゃん、面白いですか?」 くみ子さ

        • (3/4)独りで歩く、誰かと走る。

          十五時を回る少し前にチェックアウトした。あの後可奈さんが好きだと言った映画をホテルのオンデマンドで一緒に鑑賞した。内容がゴリゴリのホラーだったので俺はほとんど目を伏せ、キャラクターの悲鳴だけを聞き続ける一時間半を過ごした。感想を求められた際そのことを素直に打ち明けた。 「私の横でそんなことになってたんですか?最高ですね」 パァッと笑顔を咲かせて声高に言ってのける可奈さん。 錦糸町の青く澄んだ空、それに向かってスカイツリーが伸びている。俺の目線に気づいた可奈さんは、 「

        (短編小説) 桜の散る頃、気づきを得ること。

          (2/4) 独りで歩く、誰かと走る。

          それから俺たちはほぼ毎日顔を合わせる間柄になる。可奈さんが「白将」に来てくれたり、コインランドリーに行く時間を合わせてそこでたわいもない話や互いの愚痴を披露し合ったりした。 十二月も中盤がすぎ今年も残すところ十日と僅かという休日、目を覚ますと可奈さんから一通の連絡が来ている。クリスマスの日に現在公演中の舞台の千秋楽がある。そのタイミングで渡すクリスマスプレゼントを一緒に選んで欲しいとのことだった。 正直自分にそんな役が務まるとは思っていないし、もっと適した人選を行うべきだ

          (2/4) 独りで歩く、誰かと走る。

          独りで歩く、誰かと走る。(1/4)

          もう直ぐ日付が変わる頃の店内は最盛を迎える。 仕事帰りの人々でガヤガヤとした賑わいを見せ、スイッチを途切れることを許さない雰囲気がある。閉店間際まであと少しであると、自らを鼓舞するため深呼吸を一つ入れる。 濃紺のゴム手袋をピチッとつけ、慣れた手つきで調理をこなす。調理をしながらテーブルから戻ってきた皿を洗い調理に戻る。 キッチンやホールの店員とも笑顔で接する。俺はこの店に入ってからは主にキッチン。見知った顔ばかりなのはとても気楽。ホールは店員の入れ替わりが激しいがキッチ

          独りで歩く、誰かと走る。(1/4)