かぬ

人が好き。文章を作るのが好き。文系出身で心理学を学んだのち、現在はシステムエンジニアとして働く。noteでは「楽に幸福に生きる思考法とライフハック」「対人心理のTips」「Twitter運用」など自身の経験を交えて発信します!

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    「人が好き」の意味

    私は人が好きだ。 「対人関係が面倒で逃れたい」 「他者を気にせず自由にしたい」 という声を耳にすることが多く、どちらかというと人嫌いだという人の方が多い印象はある。 過去に「人が好き」と言って驚かれたこともあるし、私は少数派なのかもしれない。 人間が好きそもそも、私は人間である。他者も人間だ。私は私の独自性を愛しているし、他者にもそれぞれ個性があって考えも様々で、おもしろいなと思う。 だから私は、他者を知りたい。 人にはそれぞれ背景があって、今の性格や態度はそれら

      • 親子であろうが適度な距離を取るべき

        友人や恋人の親の話を聞いて、私の母は理解ある親なんだなと思う。 親の干渉に困っている人は私の思う以上に多いのかもしれない。 まだ成人していないような子どもに対してあれこれと口を出すのはまだ分かる。 親は子どもを育てる義務があるから教えることは教えるべきだ。 それに親は家主であることには違いないから、家のルールというものがあるのも、過度なものでなければあって然るべき。 だけど、成人した大人になれば、もうそれは全く対等なただの人間同士にすぎない。 人生はその人だけのも

        • 【活動理念】みんなが自信をもてますように

          はじめまして。かぬです。 以前にも自己紹介記事は書いたのですが、生い立ちと活動内容が中心の内容だったので、今回は私の想いや理念に的を絞って書くことにしました。 前回の内容も読んでもらえるととても喜びます…! 私が望むのは、優しい人が理不尽な目に合わない世界です。 周囲を見ていると、優しく善良な”普通”の人なのに自分に自信がなかったり自分のことを好きではないという人が多くて。 それはきっと心無い人間によってつらい思いをしたり、正しい評価がされてこなかったからなんですよ

          • 本当はかみ合っていない「ありがとう」の応酬

            どんなに大切で仲のいい相手でもムッとすることがある。 といっても、その心のもやもやの原因はパッとは分からない。「なんだか不快だった」そんなものだろう。 そこから考えてみて時間がたってはじめて「ああ、そういうことか」と言語化できるようになる。 私も先日気付いたことがあるのでここでシェアしようと思う。 1人になりたい私私は恋人ととても良好な関係にある。 私が不機嫌になることはたびたびあるものの、彼の寛容さによって支えられていると思う。そこには感謝しかない。 毎日の中で

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            やる気が起きない時は娯楽でもいいから動き続ける

            最近、やはり人は頭と身体と心でできている三位一体なのだなと感じる。 どんなに頭で分かっていても身体が疲れていたり不調を訴えていると動けなくなるし、身体が大丈夫だと思っていてもどうにも気乗りせず心がついていかなかったりする。 自制する自我は大事だけれど、それだけではどうにもならない。 頭で考えて分からないことこのところ、どうにも新しいことにチャレンジする気持ちが湧かない。 やりたいことリストはあるし、これからの未来を考えても行動した方がいいと思う気持ちもあるし、楽しそう

            何の気無しに他者を侵している人が多い

            ある程度近い関係になると、馴れ馴れしくなる人というのは多い。 親しげに接するのはよいことなのだが、あたかも自分の所有物かのような振る舞いをする人がいる。 近くなったことで相手のものが自分のものになったかのように錯覚するのだろうか。 自分のことのように思う心他人は他人と割り切るよりも、自分のことのように考えられる人の方が人間味があって魅力的なのは事実だ。 自分のことのように思うのは思いやりや優しさによるものだし、なにも搾取しようとか悪い気持ちがあるわけではない。 守っ

            仲がいいほどに感じる不満がある

            最近はとても平和で幸せな日常を過ごしている。 2020年もよい1年だった。 この秋からは大切に思える人と過ごし、優しさをたくさん受けている。 しかし、この幸せを享受する日々がただただ多幸感で溢れているかと言うとそうでもないのだから、贅沢な話である。 幸せな時の心理状態幸せな状態にある時、些細なことさえもとても嬉しいことのように感じる。 「小さな幸せ」「日常がある幸せ」と呼ばれる類で、特別なことがなくとも笑顔でいられる。 なんでもない食事でも大切な人と共有することで

            優しい人って案外希少かもしれないからもっと誇ってほしい

            優しくしない、利己的な人がいる。 私は利他的な行動が回り回って自分によい結果を齎すと思っているので、彼らを理解できない存在だと思っていた。 彼らは他人に優しくする余裕がないとか、優しくされてこなかった人なのだと思い込んでいたのだ。 しかし、それはどうも違うかもしれないと最近になって気づいた。 優先度の問題彼らは特定の人に対して優しさを発揮できる。 社会的に他者と関わり、交流し、心を交わす相手を絞っているだけなのだ。 大切にする相手と適当に接する相手の線引きがどこに

            優柔不断に巻き込んで時間を奪わない

            自分1人の自由さと楽さを一度知ってしまうと、他者との共生生活に嫌気がさしたりする。 「1人が楽だ」 そう言って他人との付き合いはほどほどにする人がいるのは事実である。 もちろん私は誰かと関わっていることの方が好きだし、1人では経験できない嬉しさも知っているから嫌にはならないけれど、最近ムッとしたことがあった。 相手の優柔不断に巻き込まれるのは嫌なものだ。 優柔不断な性格「優柔不断」は一般に嫌われるだろうか。 お店でのメニューひとつ決めるのに相当な時間がかかる人とい

            回りくどい話し方は嫌われる

            考えなしに発言することは、大人になるとあまりなくなる。 意識的に考えているわけではないが、過去の経験や会話のパターンなどが頭にあるから、基本的にはそれに沿った話し方をするだろう。 育った環境での周囲の話し方の影響は大きい。 話ぶりだけでその人らしいと分かるのだから、普段の話し方の癖はあなどれない。 前提を固めて話すそう言いながら、自分の話し方はあんまりよくないなと思っている。 言い方自体は回りくどくないのだが、さまざまに自分の中で検討した結果を伝えようとするので、前

            不機嫌には理由がある

            対話をしている中で、「なんだか相手の機嫌が悪いな」と感じることがある。 私もちょっとしたことで機嫌を損ねることはあるので、「何か相手の気をとがめることをしてしまったかな」とちらり内省する。 ほんの少しのことが気に障るものだ。 不機嫌の正体不機嫌になっている理由というのは、大きく言えば「思い通りにならなかったから」である。 予想が外れたことに拗ねているわけではないが、想定していた恩恵が享受できないとか、相手が喜ぶと思ったのに違った反応だったとか、自分がしたことに対して相

            社会人と学生の違い

            「学生時代に戻りたい」と言う人がいる。 それは社会人である今よりも学生時代の方が楽しかったということなのだろう。 私は常に今が一番楽しいと思っているので、どうも彼らには共感できない。 楽しかったと振り返る学生生活学生時代は確かに楽しかっただろう。 学校という枠の中、教育の下での活動は良くも悪くも狭い世界の出来事だ。 閉鎖的な性質上いじめなどが問題になっているが、学生時代を「楽しかった」と振り返る人たちは少なくとも深刻な被害者ではない。 勉強が好きだった人は授業を聴

            自分のマイナス思考に気づく

            なんだか気分が落ち込むということはある。 体調が悪いのかもしれないし、心配事が控えているのかもしれない。 自分でも原因が分からないレベルの不安感で、簡単に精神は安定しなくなる。 そしてマイナス感情を抱いたままでいるとさらに悪い方向の想像が膨らむのだから、厄介だ。 誰でも陥る負の思考人の思考は一定でない。 もちろんざっくりとした傾向はあるだろうが、気分や状況によって違った思考をするものだ。 ほんの少しの睡眠不足でも脳の働きはずっと悪くなるのだから、精神的落ち込みによ

            会話する楽しさを知ってほしい

            人と話すのは楽しい。 もちろん相手によるだろう。 私の母は「人見知りだから」といつも言うのだが、私や仲のいい友人にはあっけらかんとペラペラ喋る。 仲のいい相手には気兼ねなくいろんなことが言えるというのはわかるが、母のそれは少々極端だ。 でも、実際世の中には同じような「普段話すのは苦手だけど、仲のいい相手には堰を切ったように話し出す」人はごまんといる。 苦手な理由「話すのが苦手」と一口に言ってもその理由は様々だ。 何を話していいのかわからないとか、反応に困るとか、思

            レッテルに従う必要はない

            自分がどんな人間か、説明することはできるだろうか。 「動物に例えると」「性格を一言で表すと」などありきたりな表現方法で問われることがあるが、そんな簡単に言い表すことができれば苦労しない。 簡潔に表現すればするほど重要な要素が漏れてしまうし、なにより人間は一定ではないのだ。 そんな端的な言葉で形容できるはずがない。 自分が思う姿と見えている姿の乖離もちろん、個人がもつ性格というのはある。先天的なものもあれば、後天的に身につけたものもあるだろう。 また、他者から抱かれる

            同胞を見つける喜び

            どんな場面であれ、仲間を見つけると嬉しい。 ほんの些細なことでも、共通点を見つけると仲良くなれる気がする。 同じ世界観を持っているかもしれないと期待する。 もちろん見当違いなこともあるけれど、共感できる相手はいないだろうかと探す気持ちはやまない。 自分が誰とも異なる特別な存在でありたいという欲求と、同じ価値観をもっている人に出会いたいという気持ちは、誰しもの心に共存している。 更新される史上最高SNSなどのメディアに触れていると、たくさんの人の考えや意見を目にする。