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【小説】黄金に凪ぐ

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小説「黄金に凪ぐ」全9話
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【小説】黄金に凪ぐ(1)

【小説】黄金に凪ぐ(1)



  子供は僅かな時間でもすぐに死ぬ。ほんの少し
  ちょっとだからと目を離したその隙に、死神の
  鎌は彼らの首に掛かっている。あと一ミリメー
  トル、寸でのところでかわせたなら、それは奇
  跡として、とても良い事として扱われる。良か
  ったね、ごめんねと、親は子の無事を喜び抱き
  しめる。自分の不注意を後悔し、助けて下さっ
  た神に感謝し(どの神様に対してなんだろう)
  この子の

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【小説】黄金に凪ぐ(2)

【小説】黄金に凪ぐ(2)

第一話とあらすじ

  二

 東京から岡山、宇野港に着くまでは、妻に言われるがままに電車に乗り、乗車とともに眠りについてはまた起こされて移動の繰り返しだったので、どのような景色が過ぎていってここまでたどり着いたのかがわからず、ふと幼い頃のディズニーランドの帰り道を思い出した。楽しかった記憶のまま、気がつくと、父に抱えられた状態で自宅の匂いが鼻腔を通り抜けるあの瞬間。ディズニーは時空を歪めることも

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【小説】黄金に凪ぐ(3)

【小説】黄金に凪ぐ(3)

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第一話とあらすじ

  三

 高校時代、同じクラスに多田という奴がいた。僕から見たら相当な変わり者で、まず他人と接することを自分から拒んでいるように見えたし、それなのに「友達がいないことが恥ずかしいし、寂しい」だなんて平気で言う。かと思えば「必要以上に人間関係を広げるような奴は軽蔑してるね、俺は」と強がってみせたりもした。(「強がりとかじゃねぇって、いやマジで。友達ってのは適正

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【小説】黄金に凪ぐ(4)

【小説】黄金に凪ぐ(4)

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第一話とあらすじ

   四

 いつの間に眠ってしまったのだろう。気付くと妻は隣にはおらず、外は日没を終えようとしていた。部屋の中からは聞こえないけれど、きっとザザァっと穏やかで心地よい音を響かせながら押し寄せているであろう地平線の波間を、太陽の頭の残りが赤々と照らしていた。空のほとんどはもう紺碧を通り越して漆黒に染まろうとしていて、中途半端に光が残っているものだから、夜以上に

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【小説】黄金に凪ぐ(5)

【小説】黄金に凪ぐ(5)

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第一話とあらすじ

   五

 初めて妻の異変に気付いたのは、終電帰宅連続六日目の深夜だった。
 さすがに明日は早めに帰りたい。定時とまではいかなくても、‪二時間、いや‪一時間、三十分でもいい。一本前の電車でもいいから、今日より早く家に帰りたい。そう思いながら、エレベーターの中の鏡に映る草臥れた自分の姿を見ていたとき、妻から電話が掛かってきた。

「もしもし。なに?もう着くよ。

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【小説】黄金に凪ぐ(6)

【小説】黄金に凪ぐ(6)

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第一話とあらすじ

   六

 結局、朝早くから行動をするという予定は、妻の寝坊により全て白紙となった。宿泊客が少なかったお陰か、時間を過ぎてはいたが何とか朝食にはありつけたものの、その後部屋に戻ってから、妻はしばらくベッドにうつ伏せになったまま動かなかった。きっと自己嫌悪に陥っているのだろう。僕は特に声を掛けることなく、窓際の椅子に腰掛けて海を眺めながら、もしかしたら今日はこ

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【小説】黄金に凪ぐ(7)

【小説】黄金に凪ぐ(7)

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第一話とあらすじ

   七

 佐竹が死んだと知ったのは、十月に入ったばかりの頃だった。やっと少し涼しくなり始めたと思ったのも束の間、再び暑さのぶり返した日の息苦しい夕方で、羽織っていたカーディガンの袖が腕の汗で湿り気を帯び始めているのが気持ち悪くて仕方がなかった。下に着ているのが半袖のティーシャツだったので、さすがに十月で半袖はどうなのだろうかと思いながらも、我慢出来ずに脱ご

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【小説】黄金に凪ぐ(8)

【小説】黄金に凪ぐ(8)

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第一話とあらすじ

   八

「ここ。地中美術館って言うの。」

と妻が指し示す方には、山の上にも関わらず、土の中に埋められてしまったようなコンクリートの建物があった。温暖な四国の空気のせいか、東京ではまだそれほど感じられない花粉の気配に、鼻腔がやられている。ここまでの道程が軽い山登りだったのもあって、僕は息苦しさから逃れたい一心で建物の入口へと駆け寄った。

「ちょっと、いき

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【小説】黄金に凪ぐ(9)終

【小説】黄金に凪ぐ(9)終

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第一話とあらすじ

   九

 夜明けとほぼ同時に目が覚めた。
 昨日は結局、多田と別れたあと二人でそのままホテルへと戻り、地下のラウンジで夕飯までの時間を潰した。お互い特に会話をするわけでもなく、珈琲を飲みながら風に揺れる不思議なオブジェをぼぅっと眺めて、僕は妻の言う多田の嘘っぽさについて考えていた。

 過去の多田を知らない妻が、現在の多田の取り繕った(ように僕には思えた)

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