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【小説】想い溢れる、そのときに

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小説「想い溢れる、そのときに」全14話
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#ファンタジー小説

【小説】想い溢れる、そのときに(1)

【小説】想い溢れる、そのときに(1)


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 1

 夢と現実の区別がつかないのは、どういったときだろう。
 行動した結果が自分の想像を超えたとき、今までの経験では見たことのないものに遭遇したとき、心の準備が足りない状態で衝撃的なことが起きたとき。
 これらは日常の中で頻繁に起こるわけではないけれど、確実に私たちの判断力を鈍らせ、惑わせる。

 そしてその瞬間が最もたくさん起こるのが、眠りから覚めたときだ。
 先ほどまで見て

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【小説】想い溢れる、そのときに(2)

【小説】想い溢れる、そのときに(2)

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2

 しばらく雨の日が続いた。
 それでも毎日お昼を過ぎたあたりになると、真香はダボの家に足を運んだ。変わらずダボは真香の知らない話をたくさん聞かせてくれるので、そのたびに真香は興味津々で聞き入った。アジョナはずっとダボの座る椅子の下に丸く収まっていて、時折部屋の中央まで出てきて大きく伸びをしては、ぴちゃぴちゃと水を飲んだり、サイドテーブルの上に飛び乗ってみた

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【小説】想い溢れる、そのときに(3)

【小説】想い溢れる、そのときに(3)

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あらすじと第一話

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3

 扉を開けると、ダボはいつもの椅子に座ってお茶を飲んでいた。アジョナはすでに部屋の中に戻っていて、本棚の僅かな隙間を埋めるように丸まっていた。

「おかえり。」

 ダボは目を合わせないままそう言うと、真香の手に握られている花をじっと見つめた。少し首を傾けると、ブルーブラックの前髪がさらりとメガネの前に垂れ下がった。

「…素敵だね。良

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【小説】想い溢れる、そのときに(4)

【小説】想い溢れる、そのときに(4)

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あらすじと第一話

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4

 部屋の中は、すでに薄暗くなり始めていた。キッチンの横長の凹凸ガラスが、部屋の中を頼りなく照らすように夕陽の橙色を乱反射させていた。
 明かりを付けることもせず、真香はベッドに横たわったままだった。ダボと話した後、どうやって家に戻ってきたのかも覚えていない。ただ、この世界が自分の生きてきた現実の世界ではないとわかっただけで、風の匂いも木

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【小説】想い溢れる、そのときに(5)

【小説】想い溢れる、そのときに(5)

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あらすじと第一話

5

 ちょうど会社のゲートを通った瞬間に、終電発車時刻になった。
 腕時計だと正確ではないし、もしかしたらあと二分くらいはあるのかもしれないと、少しの希望を胸にスマホの画面を見てみたけれど、こちらも発車時刻の四十秒後を指し示していた。
 二日後のプレゼン資料を今日この時間まで作る必要がどこにあったのか、自分でもわからない。でも、手も頭も止まらなかった。そ

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【小説】想い溢れる、そのときに(6)

【小説】想い溢れる、そのときに(6)

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あらすじと第一話

6

 あの日から、私は十日間仕事を休んでいる。いい加減戻らないと、本当に私は再起不能になると思うのだけど、思うだけで体は全く言うことを聞いてくれなかった。休みたい旨を伝えた日、高宮部長はとても安堵した表情を浮かべていた。

「やっと休んでくれる気になってくれて本当によかったよ。申し訳ないけど、娘さんの葬儀の二日後から出社って、その、…普通じゃなかったよ?

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【小説】想い溢れる、そのときに(7)

【小説】想い溢れる、そのときに(7)

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あらすじと第一話

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7

 目を開けると、視界はぼやけていた。次々に溢れてくる涙が、目の前のダボの姿を細かく震わせ、滲ませていった。蓮の葉の上で風に揺れる朝露のように、左右どちらに流れるかを決めかねながらも、涙は真香の瞳から零れ落ちては、膝に乗っているアジョナの背中を濡らしていった。

「おかえり。」

 ぼやけたままのダボの表情は、それでもいつもの優しい笑顔の

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【小説】想い溢れる、そのときに(8)

【小説】想い溢れる、そのときに(8)

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第一話とあらすじ

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8

 翌朝はすっきりとしない曇り空だった。所々でねずみ色の低い雲が風に乗って西の方へと駆けていき、ダボの庭では、葉の擦れる音が雨降りのときのように絶え間なく続いていた。アジョナは出窓に座り、じっと外を眺めながら退屈そうに尻尾を左右に振っていた。

「今日は雨は降らないよ。このまま、どんよりだ。」

 ダボの言葉にちらっと振り返ったあと、アジ

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【小説】想い溢れる、そのときに(9)

【小説】想い溢れる、そのときに(9)

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第一話とあらすじ

9

 アネモネが咲き始めて四日が過ぎた。
 スカビオサは少しずつ数を減らして、アネモネと共に今度は小さな紫の花も見られるようになった。うなだれるように茎を下に向けて、細長い花弁は羽ばたく鳥のように空へ向けて反り返っていた。
 三種の花が咲き乱れる中を歩いてみると、真香はその悲しみや怒りに似た母の感情に囲まれ、取り込まれていくような気分になった。
 時折、母

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【小説】想い溢れる、そのときに(10)

【小説】想い溢れる、そのときに(10)

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第一話とあらすじ

10

 薄いグレーのカーテン越しに朝の光が差し込んで、柔らかく部屋の中を包み込んでいく。
 東京と違って、この辺りは5月でもまだまだ肌寒いから、私は眩しさに眉間を寄せながら毛布を顔半分のところまで掛け直す。
 遮光カーテンにしてくれれば、あと2時間は眠れるはずだ。これから更に日の出の時刻は早まるのだし、すっかり夜型になってしまった私に朝日の目覚ましは強烈

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【小説】想い溢れる、そのときに(11)

【小説】想い溢れる、そのときに(11)

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第一話とあらすじ

11

 母が休みの日は、なるべく一緒に昼食を取るようにしている。と言っても、私はいつも通り明け方に寝るので、昼ごろに尿意と空腹で起きるだけで特に生活リズムに変わりはない。
 台所から忙しなく聞こえてくる料理の音をしばらく聞きながら、私は次第に増えていく左腕の傷を一本ずつ指でなぞった。東京にいた頃のものは大分薄れてきてはいるけれど、じっくり触ると盛り上がっ

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【小説】想い溢れる、そのときに(12)

【小説】想い溢れる、そのときに(12)

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第一話とあらすじ

12

 ほぼ毎日のように、丸子(まん丸の子供だからと、気づいたら母が名付けていた)は花をベランダに置いて行った。ちょうど私が煙草を吸う昼過ぎにやってくるものだから、その花を私が拾って花瓶に生けるのがルーティンとなっていった。
 丸子の持ってくる不思議な形の花を調べると、「オダマキ」という名前であることを知った。紫色のものが日本では主流のようだけど、西洋オ

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【小説】想い溢れる、そのときに(13)

【小説】想い溢れる、そのときに(13)

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第一話とあらすじ

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13

 今夜はいつも以上に肌寒くて、太陽の温もりを捨てた風がくたびれたジャージの隙間を駆け抜けていった。コンビニの前を通り過ぎて、そのまま山の方へと進んでいく。観光用に作られた広めの道路には、車はおろか野生動物の気配すら無かった。私と風にざわめく木々の葉だけが、世界を動かしていた。

『あんたがまなちゃんとこ行こうとしたら、連れ戻せんくなっ

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【小説】想い溢れる、そのときに(終)

【小説】想い溢れる、そのときに(終)

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第一話とあらすじ

14

 およそ三か月ぶりにノックの音が聞こえると、窓際に座っていたダボはドアの方を見て微笑んだ。

「どうぞ。」

 外の光と一緒に中に入ってきた真香は、手に小さなブーケを持っていた。真香の部屋の窓のステンドグラスと同じ、薄いピンク色の花と一緒に、いくつかの緑も束ねて優しく握っていた。

「どれくらい?」
「大体三か月、かな。久しぶりだね。」

 アジョ

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