岡島祐太

家族4人幸せ暮らし中。テーマパークで働いていたこと、国際協力機関でインターンをしていた…

岡島祐太

家族4人幸せ暮らし中。テーマパークで働いていたこと、国際協力機関でインターンをしていたことなどをもとに、文章で人に「笑顔」と「勇気」を届けたい。目標はnoteコンテストの参考作品を書ける人間になること。 生い立ちは賞をいただいたプロフィール記事から‼️

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温もりは、テーマパークで。

田舎で生まれた私にとって、地域全体が実家のようなものだった。けれど、当時から高齢化が進んでいたこともあり、今は帰省をしても「大きくなったね~」と世話をしてくれる人たちは、もういない。 こまやけん玉、お手玉などのたくさんのおもちゃをくれた向かいのおばあちゃんの記憶は、私が小学校の頃が最後だし、地区の代表だったのだろうか、学校からの便りを毎月届けていたおじいちゃんも、私が中学の頃に旅立った。 幼稚園か小学校の低学年の頃の話だけれど、母が私がいなくなったと大騒ぎした日があった。

    • あっちむいて、ほい

      4月。まだ涼しさが残る朝の空気に、春の暖かな風が入り交じり、私の背中をそっと押す。 きらりと光る黒い革靴は軽やかで、私は右足から一歩踏み出した。 中学生、私はいつも人の前を歩いた。友人と3人、または5人で歩くとき、私はたいていペアになれない。その時、後ろに付いてひとりとぼとぼ歩いていては、私は友人の頭の中から存在が消えてしまう。 だから、ひとりいちばん前を歩いて、かろうじて友人の目に入るようにしていた。そうすることで、時折話に入ることができるのだった。 給食は席を自由

      • 生まれ変わる私は、きっとまた、この世界の空を見上げている

         家からすぐにあるショッピングモールのカフェにいる。ガラス越しに1Fの広場を見渡せるカウンター席に座り、私はコーラを片手に、そこを行き交う人々を眺めている。  モールの中では、あちらこちらに見慣れたSDGsの文字が張り巡らされていた。「貧困をなくそう」「海を守ろう」と、サステナブルな取り組みのポスターが私に訴えかけてくる。けれど、住宅地に住む私の生活範囲には、プラスチックごみで汚れた海がなければ、二酸化炭素に汚染された森もない。飢餓や貧困に悩む子も、家のために働いて勉強がで

        • 明日死ぬ私は、明日生まれる私のために生きる。

          ヒラメの昆布締め。 この寿司を初めて食べたのは最初の会社に入社した、20を少し過ぎたくらいだった。都会の暑苦しさにうなだれるなか、残業続きだった経理の仕事がようやく落ち着いたころ、上司に寿司をご馳走になった。 都会のじめじめとした特有の熱気と、疲労で身体がヒートアップしていたので、このさっぱりとしつつも凝縮された旨味が、私の身体の隅々にまで浸透していった。 全身で旨いと感じたこの寿司を、後輩に食わせてやれるそんな男になりたいと若い時の私は志しも高く、目もギラギラしていた

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        温もりは、テーマパークで。

          LINEの友だち14人、そのうち親族9人。

          私は父母と3つ上の姉が待つ、秋の頃の温かな田舎の町に生まれた。 父は2人兄弟で父方の祖父は私が生まれる前に旅立ってしまい、祖母は私が物心が着く頃には病院で寝たきりになり、高校生の時に祖父のもとにいってしまった。叔父も祖母と同じ頃に体調を崩し、祖母が旅立った1週間後に他界した。 祖母のことは、私が幼稚園の頃にしらすと海苔のかけごはんをよく作ってくれたことを覚えているが、むしろその事しか記憶がなく、叔父に関しては、会話した記憶すらない。 母方の祖父母は健在で、母の姉には3人

          LINEの友だち14人、そのうち親族9人。

          見えない未来を見据えた時に、私の今が始まった。

          「どちらかというと、可愛いは恋愛対象ではないかな。」 はっきりとは覚えていないけれど、私の身長は高校生頃から伸びていない。私の母もそうであったらしいのだけど、そういう人は大抵早熟で小学生の頃は一番後ろに並んでいたという話をよく耳にするが、私は半分より後ろに行ったこともない。 他の子と相対的に比べると小学生の頃がピークで、それでも丁度真ん中くらいの背丈だった。その頃から身長の高い女の子には見下ろされていたのを覚えている。それが中学生になると段々列が前になっていき、高校生では

          見えない未来を見据えた時に、私の今が始まった。

          10000PVありがとうございます。 自分の記事がこんなに多くの人に見てもらえるとは、夢のようです! (その中の1%のスキしかいただけず、力なさを感じます…笑) これからも、ゆるーく更新していきますので、よろしくお願いします!

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          月の見え方、世界の感じ方。

          帰り道、駅のスーパーに寄って3本入りの団子を3パック買った。 毎日、仕事が終われば「今から帰るよ」と妻に電話する。今日は中秋の名月で、電話越しに団子のようにまん丸の顔をした妻と娘に「団子、団子♪」と催促されて、スーパーに寄った。 エコバッグを持っていなかったので、魚用のビニール袋にパックを詰めて、手で持ってかえる。駅前の交差点で道路を渡ると、目の前の花屋さんから女性が出てきた。手には花ではなくて、見覚えのある何かを持っている。 「あ、すすきだ。」 女性の手にはすすき、

          月の見え方、世界の感じ方。

          フィリピンのセブに生まれた一人の少年

          私は地方の観光地に生まれた。観光地といっても交通の便は悪く、シーズンでもない平日は街は閑散としている。それでも、夏休みや冬休みは多くの人で賑わう。 実家は、その街のなかでも人が盛んな地域にある。夏休み、友達の家に行くには人混みを自転車でかき分ける必要があって、人の顔を横目で見ながら進むうちに、人を観察することが好きになった。 歴史のある街ということもあり、外国の人も多かった。日本の文化や美味しいものに触れて、喜びが溢れる表情をたくさんの人がしていた。自分の生まれた故郷が日

          フィリピンのセブに生まれた一人の少年

          未来都市 と男たちのVISION

          私が「暮らしたい未来の街」は、もう実現することはない。 それは私が生まれたときには既にそうなっていて、たとえそれに近いものが今後生まれようとも、それはただ似ている別物に過ぎない。 今から55年前、その未来都市を築こうとした人物は、この世界から旅立ったってしまった。 その未来都市は、実験的に築かれようとしていて、その計画はこう名付けられていた。 「 Experimental Prototype Community of Tomorrow 」 和訳すれば「 実験的未来都

          未来都市 と男たちのVISION

          私は、私を全肯定する芸術。

          地下鉄を降りる。 JRと地下鉄が入り組む都会の駅は、それだけ多くの人が利用している。いつもは人込みを離れて人の少ない方面の改札を通っているが、今日は人の流れに乗ってみる。 都会の街は、個性の主張が激しい。服装、髪型、刺青、その容姿だけで私に訴えかけてくる。 「私は私だ。唯一無二の私なのだ。」 それらの容姿に拘らず、私を含め街を歩く人は皆「私は私だ」と主張しているに違いない。私は他の誰でもなく、他の誰よりも世界を彩る存在なのだと思っている。 けれど、それは簡単に光を浴

          私は、私を全肯定する芸術。

          本を読んで、書きたいと駆られ。

          本にはあまり興味がなかった。 中学生の頃、朝の時間に「読書の時間」があった。本を自分で選ぶということをしようとも思わなかった私に、母は当時としては珍しいブログ小説が綴られた横書きの文庫本を買ってきた。 高校生の日常が書かれたそれは、ギャグ要素も強く、なにより読みやすかった。シリーズ化されたその本で私は中学の3年間を過ごした。 高校生になると「読書の時間」もなくなり、私はスポーツにどっぷり漬けられた。そもそも本に興味はなかったし、漫画を読むこともなかったので、卒業するまで

          本を読んで、書きたいと駆られ。

          神宮外苑の跡地に眠った遺産

          8月8日、東京オリンピックが閉幕した。 私は、開催前にこんな記事を書いた。 この記事に対する答えを、あえて言うのならば、 「マスコミの力は思っていたよりも、強い」と言うべきだろうか。多くの人が周知する通り、開催以前はコロナ過での開催を非難し続けた各社マスコミであるが、始まってからの手のひらを返した。連日ネットニュースで日本人のメダルの獲得を祝う記事が見られた。 アスリートや関係者が批判されないような大会になることを私は願ったが、そういう意味ではアスリートへは祝福の声が集

          神宮外苑の跡地に眠った遺産

          手の届かない場所

          駅で電車を待っていた。 片手に飲み干した後の、空のペットボトル。 反対ホームにはゴミ箱があった。 思いきり投げる。 線路の頭上を越え、 ペットボトルがゴミ箱に入り、ガッツポーズ。 そんなバカげた妄想をしていると、 線路の脇にゴミが落ちていることに目がいった。 さらに、その奥、 ホームの下にできた空洞にたくさんの量の ゴミが溜まっていることに気づいた。 意識を向けないと気づかなかった。 一見すると綺麗なこの街にも、 そんな場所がある。 「あぁ、そこまで手が届かな

          手の届かない場所

          東京の空に浮かぶ月【2000字小説】

           初春の夕焼けに東京タワーが淡く燃えている。夢と欲望が蔓延るこの街が温かいように思える。そんな明るみに産み落とされた生命は、生きて死ぬだけでは、その命を全うしたとはいえないのだろうか。  何かになりたいという夢がないまま学生時代を過ごした。どちらとも公務員である田舎の親には手堅い仕事をしてほしいと反対されたが、小さな頃から馴染みのあった飲料メーカーに就職した。今日はノルマを達成できなかった。空が赤く染まる時、僕は公園のベンチに腰かけていた。あたりに人気は無く、冷ややかな夕風

          東京の空に浮かぶ月【2000字小説】

          中3の夏、走りながら音のない世界に入った話。

          世界を攪乱させながら、東京オリンピックが始まりました。世界大会では異例の無観客での開催です。 7年前まで私は陸上競技をしていたのですが、長距離選手であった友人はロードレースとトラックレースに関わらず、どこで誰が応援してくれたかをはっきり覚えていて、レース後に感謝を伝えられることもありました。 しかし、短距離選手であった私は、思い返してみるとレース中に声援に耳をかたむけることがあったかよく覚えていません。 プロ野球選手やサッカー選手が無観客を経験し、「声援があることのあり

          中3の夏、走りながら音のない世界に入った話。