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生まれ変わる私は、きっとまた、この世界の空を見上げている

 家からすぐにあるショッピングモールのカフェにいる。ガラス越しに1Fの広場を見渡せるカウンター席に座り、私はコーラを片手に、そこを行き交う人々を眺めている。

 モールの中では、あちらこちらに見慣れたSDGsの文字が張り巡らされていた。「貧困をなくそう」「海を守ろう」と、サステナブルな取り組みのポスターが私に訴えかけてくる。けれど、住宅地に住む私の生活範囲には、プラスチックごみで汚れた海がなければ、二酸化炭素に汚染された森もない。飢餓や貧困に悩む子も、家のために働いて勉強ができない子もいない。

「…あっ!!」

 後ろから大きな声が聞こえた。振り向くと若いカップルがゆったりとしたソファ席に腰掛けていた。男の方が目を見開いて「ここも変わっちゃったか…!」とストローが紙になったことを嘆いている。女がストローの包みを開けるのを待たずして、男はグラスを手に持ち、アイスコーヒーを一気に飲み干した。視線を元に戻すと、ガラスの向こうでは、少女が祖父母に手を引かれながら、時々小さくステップを踏んでいる。

人の日常、私の日常。その日々はこれからも何気なく続いていくはずなのである。

けれど、それは望まれたものなのだろうか。地球の裏側に、SDGsの言葉が届かない場所に、それに救いを求めるものたちがいる。私たちは、そこに思いを馳せることなく、SDGsというお守りを持ちながら、名ばかりの活動に安心し、社会の変化に、独りよがりに文句を言うのだ。

そんな私たちは、一度、自分を殺してみてはいかがか。

死んだらどこにいくのだろう。一度、地球に誕生したのだから、またその星に生を受けるのだろうか。けれど、それは海の中かもしれないし、森の木の上かもしれない。または、空腹に耐え、病気を恐れる日常かもしれない。

はたまた、とっくに地球は消滅し、行き着く場のない生命体は、ただの無にかえるのかもしれない。

今、私が疎かにしている地球への関心は、明日またこの世界の空の元に生まれる私のことであって、自分の身にふりかかることだ。

他人事ではない、自分事だ。
生まれ変わる、私のことだ。

万物には必ず終わりがある。地球にもあるだろう。
けれど、その速さは決めるのは、ここにいる私たち次第なのだ。私はこうして、未来のために、まずは自分のことだと考えてみる。

カラカラと、溶けた氷がグラスを小突く音がした。
私は紙のストローで、コーラを少しだけ飲んだ。

#未来のためにできること


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