【小説】古い話(閣下の章31)

https://ameblo.jp/neueweltreihenfolge/entry-12776073432.html

からの続きです。

--

 現状打破の目処が全く立たない。
 そのアリオールの胸中を何度も、Mとした話が行ったり来たりした。

―自分は大学には行けないんじゃないかって言われてさ……

 二人きりになった更衣室で、手の指にある、訓練で失敗した時の古傷をアリオールが見せた時に、急にそうMが呟いた。
 士官学校に来ているということは、実際にそうだったのかもしれない。

「しかし、君は操砲の技術やら水上戦やら優秀だそうじゃないか」

 本心から、アリオールは言葉を掛けたが、Mは何だか憮然としていた。いつものことではあるのだが、急に表情がなくなり無言になる。
 何と戦っているのか。研修で着たセーラー服が似合い、商科の本を時々、読んでいるのを知っている。

「……行く気になれば大学は、いつでも行けるよ」

 立ち去る間際にそう添えたが、どう思っているのだか、Mはただ石像のように固く黙って立っていた。

 ある晴れた土曜日、気晴らしに電車で出かけた。学習に使う本を探すという名目でだ。
 しかし、元々名目でしかないからか、なかなかピンと来る書籍が無い。はらはらとめくっては、棚に戻すのを繰り返す内、関係のない歴史系の書物へ目移りしてしまった。
 だめだ、だめだと思いながらも、探している参考書よりも熱心に読みだした。中世の騎士の逸話。全くのフィクションではなく、ある程度、本当にあったことのようだ。
 一文に目が止まった。ある騎士は、結構な年齢になって……三十歳を越えても、若手として扱われていたらしい。腕は立つし、戦果も挙げていたのだが。結婚もしようとしないので主君が面倒を見てあげたとか。
 そんな知名度の低い人物に関する、何でもないお話に目を通して、その本を置いた。

 何も変わらないまま夏を迎えた。時折、怒りを露わにして、壁や机を殴りつけても、解ってはもらえなかった。彼自身、激しい怒りがどこから来るのか分からなかった。

 それらを思い出しながらかいつまんで話して、ふと、ソファで寝ている娘の顔を確かめるように見た。
 予想に反して、うとうととしているけれども、起きていた。

「リュラビー……」

 履歴書にあった名前で呼びかけた。ぼんやりとした目に少し反応があった。
 これからもう少し、話を続けよう。子守唄にはなりようもないが。聴いていなくてもいい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?