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弱聴の逃亡日記

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東京から故郷の岩手県まで歩いて旅した経験談を少しコミカルに、ときどき真面目に綴ります。
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記事一覧

その後の弱聴

 2020年1月6日

 逃亡の旅から二年が過ぎた。
 旅の後、弱聴は仕事を辞め、一年間は日雇いのバイトで食いつないだが金銭的に厳しくなり、東京を出て実家に戻った。

 今はすっかり髪も伸び、元気に働いている。
 職場はなんと、リンゴ園だ。

 自然の中で仕事をしたい。どうせだったら大好きなリンゴを作りたい。ということで農業の道に飛び込んだものの、右も左も分からない三十路の新人だ。ただひたすら先輩

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最終日!!

2017年12月5日 13日目

「今日こそゴールしてみせる!」
 今までにないほどの強い意志を胸に、弱聴は出発した。
 ゴールの岩手県一関市まで約50キロメートル。いつもは一日30~40キロメートルしか歩いていない。50キロを歩いた日も何度かあったが、後半は疲労困憊で、気力だけでなんとか50キロを歩き切るといった具合だ。
 しかも今日は宮城—岩手間の県境の山越えが後半に控えている。かなりきつい旅

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弱聴、死体と間違えられる

 2017年12月2日 10日目

 福島県国見町を抜け、いよいよ宮城県に入った。岩手県の南隣りに位置する宮城県に関しては少しは土地勘があるので旅の計画が立てやすくなるはずだ。
 夜通し歩いたせいだろうか、歩いている途中で眠くなってきた弱聴。道路脇の原っぱにレジャーシートを敷いて仮眠することにした。
 山で野宿した弱聴だ。昼間の道路脇の原っぱなんて何も臆することない。歩道脇に堂々と寝っ転がる。日差

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身近にあった儚い存在

2017年12月1日 9日目

 夜中降り続けていた雨は、朝方目覚めると止んでいた。
 約束どおり六時前にスイミングスクールを発つ。
 最後に防犯カメラに向かって挨拶――ありがとうございました、礼。
 例のごとく国道四号線を北上する。

「ああ、ほんとに、なんていい人なんだろう!」
 弱聴は昨夜の出来事を思い出し思わず心の声がこぼれた。
 あの男性もこんな珍客が現れて驚いたろうに、固いことを言わず

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弱聴の逃亡日記「ヘッドライト照射と温かい飲み物」

  2017年11月30日 夜

 福島県那須川市を出て、郡山市を通過し、二本松市の町に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
 夕飯は何にしようなどと考えながら歩いていると、ちょうどよく商業施設が建ち並ぶ賑やかな一角に入り、弱聴はラーメン屋さんの隣にあったたこ焼き屋さんに入った。
 簡易テーブルとパイプ椅子のこじんまりとした店内でアツアツのたこ焼きをホフホフと頬張っていると外は雨が降り出してき

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弱聴の逃亡日記「イモムシ姿、目撃される」

  2017年11月29日 7日目後半
 国道四号線を北上し福島県白河市から那須川市まで順調に歩みを運ぶ。
 山の森林、家々が並ぶ町の景色、風の匂い。見るもの触れるものに不思議と親しみを感じるのは福島県に入ったせいだろうか。
 福島県は出身地の岩手県と同じ東北地方に分類される。福島は小さい頃に何度か訪れたことがあるし、同じ東北というだけで自然と親近感が湧く。
 東日本大震災後からよく見かけるように

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弱聴の逃亡日記「坊主頭にした理由」

 2017年11月29日 7日目 朝

 朝目覚めると、辺り一面が白い薄膜に覆われていた。雪が降ったのかと思ったが、降りた霜が凍ったらしい。草花も砂利石も白い衣を日の光に反射させキラキラと光っている。自分の荷物や上に羽織っていたレインコートも白くなり凍っている。
 見るだけで凍りそうな気分。こんな霜も凍る山の中で自分は眠っていたのか。しかも寝袋無しで、食事も摂らずに。
 よく目覚めたな、と感心しつ

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弱聴の逃亡日記「山の野宿」

2017年11月28日 6日目 夜の続き

あのコンビニを出てからどのくらい歩いただろうか。
まだ2時間しか経っていないような気もするし、5時間以上歩いてきたような気もする。
興奮の熱に任せて歩いてきたせいで距離と時間の感覚を完全に見失ってしまった。

途中、外灯が一つもない真っ暗な道を懐中電灯の灯りだけを頼りに歩いたり、歩道のない狭い道で車のスレスレを歩いたり、安っぽく灯るラブホテルの看板を見つ

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弱聴の逃亡日記「人生の選択」

2017年11月28日 6日目 夜

辺りも暗くなってきた午後5時。
そろそろ休む場所を見つけようという頃、来た道を戻って温泉へ行くか、休む場所など当分ありそうにない山道を進み続けるかの選択を迫られ、弱聴は戻って温泉へ行くのではなく、進み続ける道を選択した。

悪い予想は当たった。果てしなく山道が続いたのだ。
日が沈んだ山道はあっという間に暗闇に包まれ、雑木林の中を分け入る国道は、外灯が無く懐中電

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弱聴の逃亡日記「国道脇のお昼寝と決意」

2017年11月28日 6日目
この日の旅路は今までとは一味違った様相だった。
那須塩原の町を過ぎたあたりから建物は姿を消し、山を分け入って敷かれた道幅の広い道路が続く。

途中、珍しい標識に遭遇した。山の峰の絵が描かれた標識だ。
那須山と山名が示されたその向こうに絵と同じ形をした山々がそびえている。
「おぉ、あれが那須岳かぁ」弱聴は標識の絵と実際の那須岳を見比べながら知った風な声を上げる。
川や

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弱聴の逃亡日記「5日ぶりの手紙」

2017年11月27日 5日目 午前

弱聴が目を覚ますとご老人の井戸端会議の輪の中にいた。
えっ? どゆこと? 弱聴自身もポカン…ある。

深夜2時に宇都宮を出発し、夜通し歩き続け、朝方さくら市に到着した弱聴は、コンビニで朝食をとった後、大きな公園に寝心地の良さそうな東屋を発見し、これ幸いと仮眠をとることにした。

東屋の柱と柱を繋ぎ四角い囲いのように設置されたベンチの一つをお借りして横になった

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弱聴の逃亡日記「過食症になった理由」

 周りの目がある時は元気で健康なフリが出来たが、一人になるとそうは行かない。空虚感に襲われ、いつも同じ疑問が何度も何度も繰り返された。

 何の為に働いているのだろう?
 どうしてこんなに頑張るのだろう?
 自分が招いた結果なのに、どうして理不尽だと感じるのだろう?
 生きるってこんなに辛いものなのだろうか?
 少し前まではあんなに楽しかったのに。
 この辛い日々はいつまで続くのだろう。
 出口

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弱聴の逃亡日記「夜旅の瞑想」

  11月27日 旅5日目

 温泉施設で疲れを癒した弱聴は、今夜は野宿せず夜通し歩こうと決めていた。
 風呂から上がると、施設内の座敷で食事し、閉店ギリギリまで仮眠をとって温泉施設を出た。
 時刻は深夜二時。夜の宇都宮の街へ出る。

 夜の宇都宮の街は店のネオンやLEⅮ看板がカラフルで視界は賑やかだが、辺りは静かでそのギャップが幻想的だった。

 温泉に入り仮眠もとった後なので、体が軽い。足が

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弱聴の逃亡日記「2人の小さな友達」

 民家や田畑の続く景色からビルや商業施設がぽつりぽつりと見えるようになってきた。
 栃木県の県庁所在地、宇都宮に入ったのだ。宇都宮駅が近づくにつれ大きな建物が増えていく。

 4号線を歩いていると前方に「湯」の看板を発見した。
 ちょうどいい、この温泉施設でじっくり体を休めることにしよう。

 日曜の夕方ということもあり、店内は家族連れの客で賑わっていた。
 弱聴も他の客に混じって湯船に浸かってい

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