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目に見えるように書くーー作家の読書体験と執筆の極意、『フランケンシュタイン』刊行記念インタビュー

『フランケンシュタイン』というと、みなさんは何を思い浮かべますか?
怪物の話でしょ?と思った方、その通りです! 
しかし「フランケンシュタイン」は怪物の名前ではなく、怪物をつくった科学者の名前。
怪物の名前だと思っていた――という方も多いのでは?
「フランケンシュタイン」が怪物の名前だというイメージが広がったのは、1931年に公開されたボリス・カーロフ主演の映画(『フランケンシュタイン』ユニバーサル映画製作)の影響だと思われます。

切手にえがかれたフランケンシュタイン役のボリス・カーロフ

原作小説もとっても面白いのに、今はなかなか読まれなくなっている。
それはもったいない! と今回小学校高学年向きに再話をしてくださったのは児童文学作家の松原秀行さんと瀧口千恵さん。
物語は、北極に向かう船からの手紙で始まり、フランケンシュタインと怪物の語りが続きます。
今日はそんなお二人の読書体験や、再話の苦労などのお話をうかがいます。(2022年10月16日松原秀行さんの事務所にて)


カバー絵・挿絵は泉雅史さん。
カバー絵はフランケンシュタインの実験室をイメージして描いてくださいました!

松原秀行(まつばら ひでゆき)
児童文学作家。神奈川県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、フリーライターに。さまざまなジャンルで執筆する一方で、児童文学を書き続ける。1995年より「パスワード」シリーズをスタートして現在に至る。おもな著書に、「竜太と青い薔薇」「竜太と灰の女王」「オレンジ・シティに風ななつ」「レイの青春事件簿」シリーズ(以上すべて講談社)、「鉄研ミステリー事件簿」シリーズ「アルセーヌ探偵クラブ」シリーズ(KADOKAWA)、「七つ森探偵団ミステリーツアー」シリーズ(ポプラ社)などがある。

瀧口千恵(たきぐち ちえ)
岩手県出身。大学卒業後、編集プロダクションでのライターを経て広告代理店に勤務。コピーライターとして広告関連の制作を行う。その後、フリーランスに転じ、広告のほか、PR誌、雑誌、書籍等の原稿制作にたずさわる。
松原氏との共著に『フランケンシュタイン』(ポプラ社)がある。

荒川寛子(あらかわ ひろこ)
ポプラ社編集部勤務。『フランケンシュタイン』の編集担当。「パスワード」シリーズは小学生の時の愛読書! 松原先生と本づくりができたことは、小学生の自分に自慢したいです(=^・^=)

松原さん(写真右)と瀧口さん(写真左)

1、わたしをつくった本たち

荒川
今日はお二人が子どものころに好きだった本を持ってきていただきました。松原さんはこちら――。

松原
この全集(写真下・左)を毎月1冊ずつ本屋さんが届けてくれて、それで相当読んで。そのうちホームズなんかは自分で文庫本を買ってね。ミステリーはその辺からエラリー・クイーンに行ったりヴァン・ダインに行ったり。この全集は全50巻あって、ほんといろんなものがあったんです。

松原さんが子どものころ特に好きだった「スイスのロビンソン」が入った世界文学全集(講談社)と、『カッレくんの冒険』(岩波少年文庫)📚
大洋ホエールズの優勝クロスは、松原さんのご実家のある商店街で配られたもの! 
事務所の机、ガラス下にあったので、その上で撮影させていただきました📷

荒川
『カッレくんの冒険』を読まれたのも同時期ですか?

松原
そう。やっぱり中学生の時。全3巻あって、2巻目が一番好きでした。 カッレって魅力的な主人公なんだけれども、それ以上に友達のエーヴァ・ロッタがね、 彼女が本当に魅力的でね、大好きでしたね。あと日本だったら、天沢退二郎さん。 あれはすごい。最初『光車よ、まわれ!』を読んでビックリしちゃって。
 
荒川
『光車』は衝撃的な作品ですよね。もしかしたらその頃から、ミステリーを書きたいと思われていた……?

松原
ハッキリとミステリーを書きたいと思ったわけじゃないんですけれども。でも、こういうのはいつか書けたらいいなとは思っていました。

瀧口さんの子どものころの愛読書📚
『幽霊塔』(講談社)、『Yの悲劇』(秋田書店)、『世界のウルトラ怪事件』(秋田書店)

荒川
瀧口さんが、子どものころお好きだった本はどのようなものでしたか?
 
瀧口
私はなんでも読んでたので、もうごちゃごちゃ……小学生だと、ホームズも読んで、ルパンも読んで、それで江戸川乱歩。 そして、私、民話みたいなのがとても好きで。都道府県ごとに1冊ずつ民話をまとめたシリーズがあって、同じような話がその地方ごとに少しずつ違ってあったり。そんなのを読んでました。
で、中学になってくると、詩とか読むようになって。その頃は、シェリーはロマン派の詩人で甘ったるい感じだけど、バイロンはカッコよかったという印象でした。大人になってもういちどじっくり読み直したいです。(シェリーとは『フランケンシュタイン』の作者メアリー・シェリーの夫で詩人。バイロンもシェリーと親しくしていた詩人)

荒川
読まれた中で、とりわけ好きな作品はありましたか?

瀧口
自分で買って持っていたいと思ったのはランボー(フランスの象徴派、三大詩人のひとり、現代の詩人にも多大な影響を与えている)かな。

荒川
わあ、ランボー、読んだことないです……。
お二人とも、子どものころの読書体験が今のお仕事につながっている気がします。
当時の本と今の本の違いってなんでしょうね?
 
松原
昔の小説って、結構いい加減な描写も多かった気がする。例えばホームズにしたって、「まだらの紐」とかミルクで蛇を……そんなことって……(ネタバレ含みます)。
でも、まあね、そんな小さいことなんか、どうでもよくて。
 
荒川
それが全く気にならないくらい、面白かったんですよね。
ミステリーって謎解きをどう作るかっていう大変さがありますよね。 それはやっぱり読んでこられたものに影響されていますか?
 
松原
それはたぶん、あるんじゃないかと思いますけれども、書いている時はあんまり考えてない。自分の中に溜まっているものがなんとなく出てきてストーリーになるんじゃないかなと思ってますね。 
 
荒川
解決方法が思い浮かばないまま書かれることもあるんですか?
 
松原
そういう時もありますね。
 
瀧口
えっ、あっ、そう、なんですか?
 
松原
最初から全部こう繋がって考えているわけじゃなくて、なんか浮かんでくるんですよね。不思議と、出てくるものだと思う。 出てこない時もありますけど、それはもうだめだよ、ってこと。
 
荒川
なんか浮かんでくる、というのがすごいです。
今、動画やゲームもたくさんあって、AIが絵や小説もかくようになった時代で……本はどうなるんでしょうね? 
 
松原
ええ。こんなに動画が普及すると、見てわかっちゃう方が楽じゃないですか? 本読むのって結構大変だし。だんだん皆、読まなくなっていくのかな、とか思っちゃうけどね。 
 
瀧口
昔、子どものころって百科事典なんか見るのも楽しかったけど、きっと今の子たちは、検索でパッて開いて終わりなのかなって。
 
荒川  
他の項目も目に入ってきて読んでしまうことって、ありますよね。
 
松原
例えばエラリー・クイーンなんて、ほんの1行にぽんって書いてあったことが、すごい後の伏線になっていたりするけど、そんなのAIにわかるのかな? 
さっき言ったみたいに、書いてる途中で変わって来ちゃうっていうのもあるし。始めた時は思ってもみなかったことが出てきちゃうなんてことはしょっちゅうですからね。

荒川
そうですね、書くことって原因と結果が一本道じゃないから。だからこそ、人間にしか作れないものだろうと思いますね。

それぞれの愛読書を手にするお二人

2、時代を越えて読み継ぐということ

荒川 
お二人が『フランケンシュタイン』の原作を読まれたのはいつごろでしたか?
 
松原
僕は多分20歳ぐらいのときに、色々なホラーものを読んだんですよ。その中の1冊でした。
 
瀧口
私は、松原さんの事務所でパラパラ見てたけど、ちゃんと読んだのは今回はじめて。ちゃんと読んだらすごく面白くて。

荒川
どのあたりに面白さを感じました? 初版は1818年に刊行されているので、200年以上読み継がれているんですよね!

瀧口
今回は長さの関係で割愛してしまったんですけれど、怪物はゲーテの「ファウスト」だとかミルトンの「失楽園」だとか、そういうのを読んで、賢くなっていくんですよ。それから作中でフランケンシュタインは各地を転々とするけど、あの頃イギリスでは、貴族の男の人は爵位を継ぐ前に旅をするのが流行だったらしくて。そういうことも作品に取り入れてる。つまり、メアリー・シェリーは、最先端のことを入れながら、自分の知識も入れまくってるっていう、そういう本なんですよ、『フランケンシュタイン』って!
 
松原
発想の面白さは、まずあると思いますよね。 フランケンシュタインが作っちゃった怪物の凄さっていうか、独創性っていうか。こんなこと考えないですよね。 死体を集めて生きた人間を作っちゃうっていうね。

瀧口
200年も読み継がれてきたって言われてるけど、基本的には読み継がれてこなくって……結局、映画がヒットして、あのモンスターをみんなが知っているってことなんですよ。メアリー・シェリーが書いたっていうのは、私なんか大人になって知ってね。シェリーの奥さんだって。子どものころ見ていた本には、シェリー夫人とかって書いてあった。 女性だからかあんまり表に出てこなくて、有名な夫とセットみたいな扱いだったし。
 
荒川
最初は匿名での出版でしたしね。私も今回初めてメアリー・シェリーについていろいろ調べたのですが、かなり波乱万丈というか、激動の人生ですよね。フランケンシュタインや怪物の苦悩に、メアリー自身の経験も反映されているんでしょうか?

瀧口 
やっぱり苦労したってのはあるでしょうね。メアリー・シェリーのお父さんはアナキストで書店を営んでいた。お母さんは女性解放の運動家で、結婚しないって言ってたけど、メアリーを妊娠して結婚した。けど、すぐ死んじゃう。で、そんな両親なのに、メアリーがシェリーと付き合ったら、「そんな妻子ある人間と付き合うのはなんだ」って怒られるって、なんかこう矛盾がいっぱい。 時代的にもちょうど電気が出てくる直前で、世の中が変化している時なんですね。
親しかったバイロンや夫シェリーも世の中を変えたいと思っていたような人だけど、当時の女性は地位としては虐げられてるわけだから、メアリーには様々な葛藤があったんじゃないでしょうか。

荒川
今回再話という形でまとめていただきましたが、大変だった点や逆にここは絶対に残したいと思われた点については、いかがですか?
 
瀧口
まず今の子どもたちに面白く読んでもらおうと思った時に、原作にある最初の手紙形式のところはまどろっこしいと思った。だからとにかく全体の話の流れを作ってしまって、それから考えようと。で、最後にやっぱり入れなきゃって思ったけど、手紙の部分はすごく悩みましたね。
 あと、フランケンシュタインは「私は何とか」「私は何とか」って、ずっと「私」ばっかり言ってて。共感できるような人物だったらともかく、まず家柄から始まるじゃないですか。そんなの共感できないじゃない。「僕はいいお家の坊ちゃんです」みたいなことから始まるわけだから。じゃあ彼の話を聞く立場になれば、まだ入りやすいかなと思って、 それで「彼は語り始めた」っていうことにしたの。そこに行くまでには何日か考えました。
 
荒川
フランケンシュタインの語りはそういう理由でしたか! そして、怪物の感情についても丁寧に描いてくださっている気がします。
 
瀧口
最後のところとか、怪物の一人語りで言いたいことをいっぱい言うじゃないですか。「俺はなんとかかんとか、なんとかかんとかだ」って。もうフランケンシュタインもフランケンシュタインだけど、怪物も怪物だよね(笑)。
 
荒川
そうですね。怪物も「俺が俺が」ですもんね。 
 
瀧口
この一人語りどうしようかなって考えたんですけど、もうそれはメアリーに聞くしかない(笑) 。
「メアリーメアリー、あなたが何を言いたい?」って。迷ったときは作者のメアリー・シェリーは何を言いたかったのか、訴えたかったのかな、っていうところに立ち返るしかないと思って、必要そうなところを残していきました。
 

怪物とフランケンシュタインが出会うラストシーン

荒川
今回『フランケンシュタイン』を読ませていただいた時に、すごくグラフィックというか、言葉の使い方に新しさを感じたのですが――。 

松原
目に見えるように書くって、昔、ある編集者にいわれたことがあるんですよ。

瀧口
商売柄、データとか、何センチとかどのぐらいっていう具体的なことは必要だと思うし。ただ大きかったって言っても、どのぐらい大きいのかは人によって違うから、なるべく具体的に書いた方が良いんだろうなと思うことはある。あと色とかね。同じ緑って言ってもちょっとずつ違ったりするし。 

松原
やっぱりほら、動きがないと、読んでる人たちも退屈だと思うし……文章でどう表現できるか、読者をワクワクさせられるかって考えながら書くのは楽しいですけどね。まあ、自分が一番楽しんでいるかもしれないけど。

荒川
そういう作家の方のさまざまな工夫と技法で、面白い物語が生まれて読み継がれていくんですね! 今日は面白いお話をありがとうございました!

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