増井英

1929年大阪新世界生まれ。大阪市赤ちゃんコンクール一等賞受賞。画家、小説家。少年期は…

増井英

1929年大阪新世界生まれ。大阪市赤ちゃんコンクール一等賞受賞。画家、小説家。少年期はピカソや太宰治に憧れた。美術の可能性を追求し続けた過去の作品、文章をこの場で発表したい。故司馬遼太郎さんとのやり取りの題材となった旅行記なども掲載予定。91歳、今なお健在。

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最終話 生きてるかぁ?

 通天閣の下の赤ちゃん  最終話  仮設橋横の工事用梯子を滑るように下りた新ちゃんは、「大丈夫か」と赤ちゃんに抱きついた。赤ちゃんは元気だった。足の脛に工事用の針金がつき刺っただけだった。自分で引き抜き、傷からの出血を鼻紙で拭きとって「アカチン、塗っといたら治るわ」と言った。  ロクは砂の中に体が半分以上潜りこんでいた。近づくと、この土地の土ではないようで、どうやらセメント混入用の河砂が積んであったようだ。赤ちゃんが上から観察した、そのままのソフトさであったが、上に乗った赤ち

    • 刃物と知恵比べ

      通天閣の下の赤ちゃん  第ニ十四話   二人の決闘者の間隔が徐々にちぢまってきた。ロクは距離を詰めながら、小刻みに手を動かしている。バランスをとるための手の動作とナイフの動きのリズムが、どうやら合致してきたようだ。赤ちゃんはこのまま進めば、あっちこっち切られそうな気がしてきた。  露天掘りの西側の縁で、さっきから事の成り行きを注視していたロクの立ち合い人バットマンは紙芝居弁士口調で「ついに哀れ、赤ちゃんは膾(なます)のように切り刻まれ、済し崩しの傷物となって、精根尽き、相果

      • 朝日に光るナイフ

        通天閣の下の赤ちゃん  第ニ十三話  だから、ミッチャンは平気だった。安心していた。あの時の怖さに比べたら「なんやこの位の高さ、しれてるわ。赤ちゃんはスバシッコイし、肝太いよ、そうでしょう」内心ミッチャンが確信している通り、赤ちゃんは人並みはずれて平衡感覚がすぐれ、その上敏捷だった。  鉄骨を半分位、渡ったところで、赤ちゃんは停止した。空中で立ったまま、対岸のロクに呼びかけた。  「こっちに来てみい、ここで勝負や」と叫んだ。これにはロクは面喰ってしまった。決闘のイメージが全然

        • 決闘が始まるぜ、どうなる赤ちゃん

           「通天閣の下の赤ちゃん第ニ十ニ話」 「素手や」と赤ちゃんが答えると、三太は眉を八の字に顰めて「そらあ、あかんわ、この顔よう見いや。あいつは物凄い力をしとる。金槌で殴られた位こたえるんや。それにこの間聞いた情報やけど、鹿の角が柄になった折りたたみ式のナイフをズボンのポケットにいつも入れとるそうや。そのナイフ見た奴が知らしてくれたんや。せやさかい素手は無茶や。せめて赤ちゃん、これだけしか残ってないけど手裏剣だけでも持っていってんか」とドクロ団のシンボルマークだった十本程の手

        最終話 生きてるかぁ?

          通天閣の下の赤ちゃん  第ニ十一話

           時間に余裕があるので、決闘場所からは大分東寄りになる茶臼山の方向に遠回りをしながら行くことにした。よくボクシングの選手が試合前にランニングのトレーニングをするように、見様見真似でハァッ、ハァッとパンチを左右交互に出しながら駆け出した。どこの誰か分からないが、長靴を履いているオッサンが多分早出の魚屋か八百屋か、市場の人だろう。「小さいアンチャン精出るなあ、しっかり頑張りや」と擦れ違いざまに声を掛けてきた。  赤ちゃんはそれを聞いて無性に恥ずかしく、顔を赤面させて動揺した。なに

          通天閣の下の赤ちゃん  第ニ十一話

          通天閣の下の赤ちゃん  第ニ十話

           大阪の地下鉄は、赤ちゃんが生まれた昭和ニ年頃から企画され、五年が着工である。大阪のド真ん中に飛行機の滑走路を造るのかと悪口を言われながら御堂筋にメイン道路を開通させた名市長、関さんがその道路下に地下鉄を創設した。昭和八年に梅田から心斎橋迄、十年には難波迄、そして昭和十三年には天王寺迄延長して完成させた。  決闘場所は地下鉄延長工事で露天掘りをしている天王寺動物園横の工事現場であった。  早朝まだ工事人夫たちが来ない間に、工事管理事務所の仮小屋から、かなり離れた監視の目の届か

          通天閣の下の赤ちゃん  第ニ十話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十九話

           いずれにしても新ちゃんには目出度い権力機構からの解放であった。皆が歓迎したのは言うまでもない。  まあ、新ちゃんの話はともかくとして、ナポレオンはどうしても今度の決闘を止めさせるのが大人の義務だし、まして赤ちゃんの友人としては、どうしても思い止まらせたかった。  「それで決闘の日取りはいつやねん。ええ明日の早朝、夜明けが合図やって、それでは間がないがな、止めときや、今度だけ爺さんの顔を立てて、止めてくれへんか、たのむよ、赤ちゃん」 「…………」 赤ちゃんは無言のまま、返事

          通天閣の下の赤ちゃん  第十九話

          通天閣の下の赤ちゃん第十八話

           そこへ、交番所の巡査がやっと来た。続いて憲兵も来た。新ちゃんと丁稚、負傷の酔っ払い兵卒、巡査も同乗して憲兵の車輌は発進した。  一部始終をホマレの入り口から見届けたナポレオンは直ぐさま商店会長、町内会長に告げてから浪速警察署に電話連絡して新ちゃんの居所と処置について知らしてくれと依頼した。   数日して、新ちゃんは憲兵隊から浪速署に移送されて来て、署内留置所に拘留された。憲兵隊はこの事件が公表されると、酒に酔い市民に銃剣を抜いた兵卒は不味い。軍規が弛んでいると軍律を問われた

          通天閣の下の赤ちゃん第十八話

          通天閣の下の赤ちゃん第十七話

           二週間して外出をすると様相は一変していた。ドクロ団は壊滅したようだった。寄場には誰も来ないし、三太は赤ちゃんの居ない間にロクから頬っぺたをおもいきり殴られ、歯を二本も折られた。もう家人は赤ちゃんと遊んではいけないと交際を止めたそうだ。裏切ったあのゴンは道で出会っても、顔を逸らし下向きで走るように逃げ去ってしまった。他の団員も寄ってこない。ただミッチャンだけは「えらいことになったなあ、これからどないすんねん。もうあかんわ」と赤ちゃんの後をついてまわり、グチュ、グチュと愚痴り、

          通天閣の下の赤ちゃん第十七話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十六話

           ゴンはペラペラとありったけを喋ってしまった。その夜のうちに、ミッチャンのつなや玩具店の路地裏に祀られている小さなお稲荷さんの祠の下台座が抉じ開けられた。  中に入っていた布袋入り手裏剣全部、別注ドクロバイ全部、それより困ったのはミッチャンの宝箱もそこに隠していたから、二箇の首飾りはもちろん、一番大切なドクロ団会計の全財産入りのミッチャンの財布もなくなってしまっていた。きれいさっぱり盗まれてスッカラカンになってしまった。  翌日、これを知って赤ちゃんは激怒した。散髪屋のオッサ

          通天閣の下の赤ちゃん  第十六話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十五話

           国鉄四天王寺駅から天下茶屋駅までの支線レールの片方の側溝に沿って行くと、長い貨車を連結して往き来する貨物専用路線がある。ちょうど市民病院の真下ぐらいだが、保線工が退避する安全壕がレールの下に掘られ、コンクリートで固められている。この穴の中で身を潜めていると列車が通過する時、轟音が頭上で鳴り響き、丁度列車の車輪にひかれて轢死するような気分になる。ユキノが死んでしまってから、なんの目的もなしに、赤ちゃんはひとりぼっちでこの穴の中の中で蹲ることがあった、別に不安な気分を味わうため

          通天閣の下の赤ちゃん  第十五話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十四話

           横壁には棚があって硝子瓶や木箱がギッシリである。カリン糖、ドングリ飴、金米糖、豆板、せんべい、ねじり棒、水晶のような氷砂糖、甘汁つきスルメ足、コンブ、ラムネ、ワラビ餅、それに包み紙をほどいて当たり判がついてあるともうひとつ貰えるオマケ飴がある。子供が一番買うのは評判の抽選籤引きである。こまかいボール紙にスカ、大当たり、当たり残念賞の判こが捺印してある。貼りつけた薄紙を剥がすと判明するのだが籤はボール箱の中にあり、穴から手を入れてワクワクしながら選択するのはスリルだ。スカは何

          通天閣の下の赤ちゃん  第十四話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十三話

           赤ちゃんはドクロ団全員にバケツを持って、動物園禽鳥舎の泥鰌拿捕令を出したが、これは失敗だった。飼育係が餌の減り方に疑問をもち、あらかじめ警戒心を抱いていたのと、見物人が不審だと通報したため、ドクロ団全員が窮地に陥った。大急ぎで逃亡したが最後尾のミッチャンは危うく捕まるところだった。その後、茶臼山の底なし池横の鉄柵囲いの隙間は封鎖されてしまった。  収入は零になり、ドクロ団会計は有名無実になった。ミッチャンはそれが不服だったので、赤ちゃんは別の収入を考えねばならなかった。

          通天閣の下の赤ちゃん  第十三話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十二話

           コッテは黒ずんで、張りがあって背が低い。ガッシリ型で重そうだ。チャンピオンの貫禄充分で威厳がある。それに対してドクロは今までどこにもない、見たこともない斬新な型であった。バイとしては背が高すぎて不利かもしれないが、それを補う華美さとスマートさがある。上部の冴えた八角形線条の嵌め込み、下部の真鍮の輝きは品格があって工芸品のようでもあった。見栄えでは薄汚いコッテを見下してドクロが圧倒しているようだ。  しかしバイに凝っている連中はみんな、下から攻めないと絶対に勝ちの無いことは

          通天閣の下の赤ちゃん  第十二話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十一話

           だが赤ちゃんがドクロ団の団長に推されたのは角打ちのせいではなく、バイの勝負からだった。バイ遊びは子供たちの一番人気で、バイチャンプは憧れの的だった。ベッタンやビー玉は誰でも、女の子でもやろうと思えばやれたが、どちらかといえば軽い競技だった。   ところがバイだけは男だけの真剣勝負で重味は桁違いだった。男の子の最高の遊びである。  バイには制限がなかった。どんな加工をしても勝手だった。もともとは駄菓子屋で売っている鋳物の鉄独楽の一種である。丸い円錐の下部を紐で巻いて、引く

          通天閣の下の赤ちゃん  第十一話

          通天閣の下の赤ちゃん  第十話

          ヒロシは今やゴンタの赤ちゃんである。赤ちゃんは良いことも悪いことも区別せんでもええ。ただやりたいことをそのまんまやったらええねん。赤ちゃんとはそのようにするもんや。ヒロシは体を横にして身を細め、一本抜けた鉄柵の間を擦り抜けるとそのまま園内に侵入した。    禽鳥のどでかい檻は金網で囲まれたドーム型である。鶴、鴨、鷺、ペリカン、などの水鳥が人工池で泳げるようになっていた。百羽以上もいる鳥に、見物人がやる餌場は四カ所あった。餌食は泥鰌でコップのブリキ缶に入って、餌場の台上に二

          通天閣の下の赤ちゃん  第十話