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通天閣の下の赤ちゃん  第十四話

 横壁には棚があって硝子瓶や木箱がギッシリである。カリン糖、ドングリ飴、金米糖、豆板、せんべい、ねじり棒、水晶のような氷砂糖、甘汁つきスルメ足、コンブ、ラムネ、ワラビ餅、それに包み紙をほどいて当たり判がついてあるともうひとつ貰えるオマケ飴がある。子供が一番買うのは評判の抽選籤引きである。こまかいボール紙にスカ、大当たり、当たり残念賞の判こが捺印してある。貼りつけた薄紙を剥がすと判明するのだが籤はボール箱の中にあり、穴から手を入れてワクワクしながら選択するのはスリルだ。スカは何も呉れない。一回五厘だから一銭で二回引くけど、スカが矢鱈多い。まるで詐欺同然だが子供は文句は言わない。大当たりは女の子はままごとセット、男の子は面子と双六、骰子入り戦争セットと兵隊将棋盤と駒つきの豪華版だが、まだ誰かが当たったと聞いた事はない。

 只か大当たりかの博奕である。子供の射幸心を煽るからと大人は自分の子が駄菓子屋行くの嫌ったが、禁じられると余計集まるのは子供の習性だから、店は賑わった。

 ミッチャンと三太が籤を引くと珍しくスカではなく残念賞の蠟石が当たった。アスファルト道路に紙芝居が始まるまで、二人は絵を描くことにした。画用紙だと小振りだが路面に描くと体操のようで、絵は大きくなる。しゃがんでいても、足幅や両腕の長さが単位になるから、でっかい四つ脚の動物をミッチャンは仕上げることができた。三太はミッチャンの絵の直ぐ上に海賊旗を画いた。男の子は髑髏(しゃれこうべ)の下に二本の骸骨が交叉している、このシンボルマークが大好きだ。女の子は人形か花か家が大好きだが、ミッチャンは飼い猫のミーを描いた。画用紙にミーが出来上がると、いつも口付けのチューをしてあげるのだけど、今日は道路の上だから接吻チューは抜きにした。

 紙芝居が始まる前には予告の拍子木を打って町内を巡回して告げるのだが、この役はレンガ団の子供たちがやっていた。 

 ロクの親爺は土方の組頭だが侠客大政官組に出入りしていた。紙芝居屋のバットマンは年をとり引退したが元は組員だったので二人は顔馴染みであった。その縁で、ロクのレンガ団の子供たちは拍子木を叩いて手伝うのである。そのレンガ団員が広場に帰ってきた。

 「なんだ、こいつらコッテ牛の上にドクロが乗ってる絵を道いっぱい馬鹿デッカク描きやがって、まだ六さんに恥をかかせる気か。なめやがって」と、此の間のバイ勝負の負けにまだ拘っている。

 みっちゃんが「牛ちゃうわ、猫やし」と言っても「そんな大きな猫はおらへん。見てみい、角が生えとるやないか」「角違うし、耳やんかい。よう見てみい」と罵りあっている間に他のレンガ団員の子がズリ足で蠟石を消しにかかった。みっちゃんが「何すんねん」と言うなり突き倒された。三太が「やめんかい」と言ったが途端に足を蹴られて、二人ともアスファルト道路面に転倒した。これがドクロ団とレンガ団の最初の争いであった。何しろドクロ団の副団長二人共が一方的に傷をつけられたのである。

 転がされた拍子にミッチャンはおでこに擦り傷を、三太は膝の皮が剥けてしまった。いかに擦過傷とはいえ被害を受けたのは確かなのだ。ドクロ団員全体が緊張したのは無理もなかった。何しろレンガ団員は年上が多い。その上腕力が強い。まともにいったら負けてしまう。ドクロ団員は商店の子ばかりで口は達者だがひ弱が付き纏う。体力があるのは年下だが健康優良賞をもらった赤ちゃんと六年生の力自慢のゴン二人だけだ。他の子は今度のことで恐怖心を持った。ただ、雛のようにピーチク、パーチクと怯えるだけだった。

 これではいけないと赤ちゃんは対策を講じた。会計のミッチャンにお金を出させ、三太に三寸釘を金物屋へ買いに行かせた。


第十四話終わり  続く

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