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通天閣の下の赤ちゃん  第十一話

 だが赤ちゃんがドクロ団の団長に推されたのは角打ちのせいではなく、バイの勝負からだった。バイ遊びは子供たちの一番人気で、バイチャンプは憧れの的だった。ベッタンやビー玉は誰でも、女の子でもやろうと思えばやれたが、どちらかといえば軽い競技だった。 

 ところがバイだけは男だけの真剣勝負で重味は桁違いだった。男の子の最高の遊びである。

 バイには制限がなかった。どんな加工をしても勝手だった。もともとは駄菓子屋で売っている鋳物の鉄独楽の一種である。丸い円錐の下部を紐で巻いて、引くようにして廻す遊びだが、多分木独楽を紐で鞭打ちして廻転させる朝鮮の遊びからきたものだろう。

 勝負は蜜柑の空木箱に筵を渡して、拳骨で真中を押して窪みをつける。その中でバイを廻して鉢合わせさせる。ガンとはねとばされて外に出たほうが負けということになる。

 この辺りの子は大体遊びのエリアが決まっていて、滅多に他のエリアには行かなかった。知らない子供の所では遊ばなかった。例外は唯一、黄金湯の前の広場だけだった。ここはバットマンの紙芝居の常打ち場所で、その場だけはあちこちの子が集まって、それぞれ自慢のバイを持ち寄り開帳した。一番強いのはレンガ裏のロクだった。角を鑢で六角に尖らしたバイが他のどの子の駄菓子屋で買ったままの円錐形バイより強力だった。ロクはこのバイをコッテと命名していた。特牛(こっていうし)からとったコッテである。他の子も負けないように、鑢で五角形、六角形、八角形に細工して磨きあげ勝負を挑んでみたが、どれも歯がたたない。コッテに一触しただけで茣蓙から吹き飛ばされてしまった。ロクはこのコッテを大切にしていた。普段は普通のバイで争っていたが、いざ一番の勝負になるとコッテで打ち負かしてしまう。コッテはロクの宝物であった。このコッテを赤ちゃんは勝負してとってしもうたろうと思いついたのである。

 砂を噛むとはこのようなことか。ユキノが居なくなって、心や頭に押しピンがチクチク刺さる日頃の痛みを凌ぐには格好の思いつきだった。

 赤ちゃんは泥鰌を売って得た、かなりの金を持ち出し、ホマレの店頭の路上で下駄の歯直しをしている新ちゃんに相談を持ち掛けた。

 新ちゃんは近所のおかみさんから修繕の新ちゃんと呼ばれ、器用なうえに律儀な性格が愛され人気者だった。子供にも優しかった。下駄裏の歯板を削ったり、嵌めたり、鼻緒の根元の金具を打ちつける有様を物珍しそうに、退屈しのぎに見続ける子がいても、他の露天商人のように「あっちへ行け」と邪魔者扱いして追い払うような根性ではなかった。それよりも子供に話しかけて会話を楽しむ風があった。親切新ちゃんと赤ちゃんは仲よしでナポレオンと同じ、年上の友達だった。

「新ちゃん、鉄工所知ってるやろか、バイを特注したいのや。角っこに鉄のハガネを八角に張りつけて、底芯には重い真鍮をはめこんで欲しいのや、頼めるやろか」とお金を手渡した。

 注文通りのバイが十箇も仕上がってきた。赤ちゃんはそれを全部廻してみてから一番強そうなのを選びドクロと名付けた。真鍮のピカッと光る下部が回ると、まるで骸骨の歯が密かにほくそ笑むように見えたからである。

 ドクロとコッテのバイ勝負は壮烈だった。みものを見逃すまいと、地域の子をはじめ、他の地区からも大勢見物に来たものだから、前代未聞の人出となって茣蓙のまわりには子供の人垣ができた。どの子もバイのコレクションをしているし、それぞれ自慢の代表的な逸品を持っている子だから目が肥えていた。

第十一話終わり  続く

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