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決闘が始まるぜ、どうなる赤ちゃん

 「通天閣の下の赤ちゃん第ニ十ニ話」
「素手や」と赤ちゃんが答えると、三太は眉を八の字に顰めて「そらあ、あかんわ、この顔よう見いや。あいつは物凄い力をしとる。金槌で殴られた位こたえるんや。それにこの間聞いた情報やけど、鹿の角が柄になった折りたたみ式のナイフをズボンのポケットにいつも入れとるそうや。そのナイフ見た奴が知らしてくれたんや。せやさかい素手は無茶や。せめて赤ちゃん、これだけしか残ってないけど手裏剣だけでも持っていってんか」とドクロ団のシンボルマークだった十本程の手裏剣を差し出した。
 横からゴンが首を出して「ゴメンヨネ」と赤ちゃんに詫びた。自分が怖がってロクに隠し場所を教えてしまったからこうなってしまった。ことのおこりは僕やと謝った。
 「気にせんでええが、それよりワテもカッとなって、ゴンの店潰してしもうて悪かった」と言ってから、三太に「手裏剣はいらんわ。三ちゃん持っといて、なんとかするから」と返した。
 「向こう、きよったぜ」と新ちゃんが赤ちゃんに知らせた。露天掘りの際まで進むと、西側の向かいにはロクと紙芝居屋のバットマンが先頭で、レンガ団の子供たちが五十人程やはり集まっているようだ。
 露天掘りの上には横幅四メートルぐらいの仮設通路橋が東西に架かっていた。バットマンと新ちゃんがそれぞれ橋の中へニ、三歩進んだ地点で立ちどまり、ニ人とも片手を挙げて「それじゃあ、はじめるぞ」と声をかけあってから、さっと手を下ろした。
 当然、仮設橋の東西からロクと赤ちゃんが進んできて、橋の真中で勝負が始まると皆思い込んでいた。ところが「よし、行くぞ」と一声あげて、赤ちゃんが渡って行ったのは橋ではなくて横の鉄骨だった。幅三十センチぐらいの長い鉄骨がボルトで繋がり、鉄柱の上にのっけられて、東西に渡っているのが数本ある。その上を歩きだしたのである。「危ない」と誰もが心中叫んだ。意表外の赤ちゃんの行動である。鉄骨がグラッと僅かだが揺れた気がして、皆愕然となったが、ただ見守り息をのんで佇むだけだった。なにしろ地下鉄の電車を通すために掘っている露天掘りだから、かなりの高さがある。まだ掘っている途中とはいえ、ビルのニ階位はある。赤ちゃんの渡っている鉄骨はおそらく地下鉄の天井の鉄骨構造の骨組みをつくるための工事中の仮設だろう。
 「まるで軽業だ」と、子供たちはハラハラと皆心配気な顔をしている。
 だが、ただ一人だけ全然不安な顔をしていないのはミッチャンである。ミッチャンには物干し台と宝箱とお稲荷さんの台座の他に、もうひとつ秘密があった。
それがユキノが亡くなって、赤ちゃんが寺から帰ってきて、一緒に物干し台に登って、暫くしてからだった。放課後、小学校の屋上にニ人で上がった。屋上階段の出入口は錠前をしてある筈だが無かった。扉を押すと開いた。屋上は生徒立ち入り禁止の場所だったから誰もいなかった。
 ミッチャンは何故そんなことを言ったのか、今でも判らないが、ただ単純に赤ちゃんの肝が、どんなんかなと思っただけだったが「赤ちゃん、あんたここ歩けるか」と聞いた。「なんやこんなもん」と赤ちゃんは屋上のコンクリートの側壁に飛び乗った。幅は四十センチ位しかない。校舎のぐるりをとりまいている、その上を赤ちゃんは歩きだした。ミッチャンは側壁から校庭を見下ろして眩暈がした。四階建ての校舎である。もし下に人が居て、赤ちゃんを直立したコンクリート壁の上に見上げたら、ゾォーとした筈だ。墜落したら死ぬと、肝がそれこそ縮んだことだろう。
 ミッチャンは自分から仕掛けたくせに「降りて、もう分かった。早よう降りて」と頼んだ。ところが赤ちゃんは「なか、なか」と言うや、いなや、なんと四十センチ幅のコンクリートの上を走り始めて、ニ周もしてしまった。
 「落ちるがな、どないしょ、赤ちゃんお願い。もう、うちどないしたらええねん」とミッチャンは手に汗にぎり、顔面蒼白で、屋上のコンクリート床にヘナヘナとへたってしまって、震えあがった。

第ニ十ニ話終わり   続く

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