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通天閣の下の赤ちゃん  第十五話


 国鉄四天王寺駅から天下茶屋駅までの支線レールの片方の側溝に沿って行くと、長い貨車を連結して往き来する貨物専用路線がある。ちょうど市民病院の真下ぐらいだが、保線工が退避する安全壕がレールの下に掘られ、コンクリートで固められている。この穴の中で身を潜めていると列車が通過する時、轟音が頭上で鳴り響き、丁度列車の車輪にひかれて轢死するような気分になる。ユキノが死んでしまってから、なんの目的もなしに、赤ちゃんはひとりぼっちでこの穴の中の中で蹲ることがあった、別に不安な気分を味わうためではない。なんとなく、しゃがんだままの姿勢で、振動を身に感じてから這い出してくるとスーッとするのである。
 最近来なくなったこのコンクリート待避壕に釘を持った三太を赤ちゃんは連れてきた。ミッチャンもその後ついてきた。
 「手をのばして、釘をレールの上に置くんや、きちんと並べるんや」と指示して.赤ちゃんと三太で十本ずつ並べた。やがて、ゴオーと列車が通過した。ミシッ、ピン、ピンと撥ねる音がして、数本釘が壕にに落下してきた。かなりの速度だ。「ミッチャン気い付けや、危ないぞ」と赤ちゃんが声をかけた。ミッチャン両手で顔を覆ったまま縮こまっている。
 レールの上の釘を回収した赤ちゃんは予想通りの形状に満足した。平べったくなった釘は両刃の剣のように鋭く先が尖っていて、立派な武器に仕上がっている。「でや、両刃の手裏剣やんか、ええやろ」と赤ちゃんは鼻を蠢かした。釘の中には片方だけ押し潰されて、青竜刀のように曲がった奇形もある。貨物の通過は頻繁だったから、そう時間をかけなくても二百本程は忽ち出来上がった。線路の保安係員に、もし見つかると大目玉だが、そんなこともなく無事に三人は帰還した。
 夜、召集がかかってドクロ団員に、この武器が分配された。同時にへしゃげたた両刃の釘はドクロ団のシンボルマークだと赤ちゃんが宣言して全員が胸ポケットに差し込むことになった。ミッチャンなんかは針糸で縫いつけ、胸に二本も飾った。
 翌日から黄金湯広場の板塀にひっかかっている映画館宣伝用看板が手裏剣の練習台になった。上映中と予告の二つの看板めがけて、ドクロ団員の子供たちが一斉に投げつけるのである。慣れてくると数歩離れても突き刺さるようになった。電気器具やのゴンは六年生で背が高く、腕力もあったのでビシ、ビシと看板を貫き通して威力があった。冒険活劇スター隼秀人や喜劇のハロルド・ロイドの目や口が破れ、顔写真の印刷物ポスターはボロボロになって看板から剥がれ落ちてしまった。
 この飛び道具の出現でレンガ団の態度は一変してしまった。もう誰もドクロ団員を挑発しなくなってしまった。意地悪も苛めも侮辱も、もうないかのように見えた。しかしそれは錯覚だった。手裏剣が一番上手く胸のポケットに一ダースも誇らしげに差していたゴンが策略に嵌まってしまったのである。
 或る夕方、紙芝居が終わってからロクがゴンに「お前の手裏剣の腕前はスゴイ、いっぺんゆっくり手並みを見せてえや」と誘われてノコノコと、大国町工場跡の倒壊大煙突を利用したロクの部屋までついて行ってしまったのである。
 馬鹿じゃないのと怒鳴りたくなる程の間抜け振りだった。ゴンは体は大きいがオツムが弱いとは評判だったが、ここまで単純とはおもいもつかなかった。レンガ団の根拠地に着くやいなや幽閉され、捕虜になってしまった。
 ゴンは確かに力自慢だったが、小学校を卒業してから親爺の土方仕事まで手伝って、気が荒れたロクの前に出てしまうと、まるで蛇と蛙で格が違った。一寸腕を捩じ上げられただけで、すっかり弱音を吐いてしまった。
 魂がいじけてしまい、縮んだ風船そっくりに気も萎えてしまった。オツムも弱いが根性はもっと弱い蚤の金玉なのだ。
 「かんにんしてくれ。なんでもするから帰らしてくれ」と涙を流して情けない。
 ロクの計算通りだった。「手裏剣はどこに隠してるんや、全部で何本や、吐いたら帰したる」

第十五話終わり   続く

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