見出し画像

通天閣の下の赤ちゃん  第十二話

 コッテは黒ずんで、張りがあって背が低い。ガッシリ型で重そうだ。チャンピオンの貫禄充分で威厳がある。それに対してドクロは今までどこにもない、見たこともない斬新な型であった。バイとしては背が高すぎて不利かもしれないが、それを補う華美さとスマートさがある。上部の冴えた八角形線条の嵌め込み、下部の真鍮の輝きは品格があって工芸品のようでもあった。見栄えでは薄汚いコッテを見下してドクロが圧倒しているようだ。

 しかしバイに凝っている連中はみんな、下から攻めないと絶対に勝ちの無いことは熟知していた。その体験上の原理から見ると背高のドクロの負けは見えていた。だから見物人の賭け率は一対三か四でないと成立しそうにない。赤ちゃんのドクロの雲行きは悪い様相で終始した。ザワザワと騒がしい混雑が止みそうにない。

 その時、「みんな静かにせい。これから始めるぞ」と勝利審判をする紙芝居の通称バットマンが一段と高い声で宣告した。

 赤ちゃんとロクは同時に挙げていた腕をビューンと半円周に降り下げた。するとバイを巻いていた紐が反対の肩の上まで鞭の形状で撓って、二人のバイは猛烈に回転した。

 凹んだ筵のほぼ中央で二箇のバイがグーンと唸りながら静止して見えるがスゴイ回転である事は音で判る。スピードは同じで互角のようだ。やがて一番低い地点にバイの間隔が徐徐に近づき狭まってきた。ガツンと予想通りコッテが下から当たった。普通なら茣蓙の外へ弾き跳ぶ当たりだったが、ドクロは真鍮が下部の重心にあるため、コッテより重量は上まわっていた。下からの衝突だったから茣蓙の急斜面を駆けのぼったが重量のため縁から外には出なかった。それより見物人が目を見張ったのはドクロが真直ぐではなくてカーブを斜めに切りながら半円周の軌跡で駆け上ったことである。このようなカーブは初めて見た。八角形のハガネの空気抵抗の鋭い所以なのか、一転して下方までは大きな弧のまんま急傾斜で加速度をつけながら一気に側面からコッテに向かった。カーブしながらの落下である。ブーンと大音で唸りながら斜めに落ちてきた。カチッカチッと金属的な擦過音がした途端、丁度下手投げをくったように宙に浮き、放物線を描いて一メートル程先の石畳の道路上にひっくりかえったのはコッテであった。 

 不敗のコッテが破れたのである。一瞬の静寂が支配した後で、ワアッと歓声が上がった。赤ちゃんはロクに視線を向けた。恨みが骨髄に逹した形相とはこれだという恨みの三白眼の目付きで、ロクはさっと背を向けて走り去った。

 赤ちゃんの傍に、電気器具屋のゴンと履物屋の三太、それにミッチャンと近所の子が寄ってきて握手をした。注文で残っていた九個のバイはこの子供たちにやった。貰ったバイはドクロバイと呼ばれ、連勝したので彼等はバイ持ちになった。これがグループとなり、ドクロ団とお互い呼び合うようになった。団員は十名で、赤ちゃんは団長、ミッチャンと三太は副団長兼会計ということになった。


第十二話終わり  続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?