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通天閣の下の赤ちゃん  第十三話

 赤ちゃんはドクロ団全員にバケツを持って、動物園禽鳥舎の泥鰌拿捕令を出したが、これは失敗だった。飼育係が餌の減り方に疑問をもち、あらかじめ警戒心を抱いていたのと、見物人が不審だと通報したため、ドクロ団全員が窮地に陥った。大急ぎで逃亡したが最後尾のミッチャンは危うく捕まるところだった。その後、茶臼山の底なし池横の鉄柵囲いの隙間は封鎖されてしまった。

 収入は零になり、ドクロ団会計は有名無実になった。ミッチャンはそれが不服だったので、赤ちゃんは別の収入を考えねばならなかった。

 通天閣から大門通りにかけてはジャンジャン横丁の路地があり、弓道場、将棋会所、スマートボールなどの遊戯場スペースがあった。最も繁盛したのは鰻の釣り堀屋である。新世界で映画、芝居、麻雀、飲み屋で過ごした後は、水深五十センチ位の透明な水槽で餌のついていない釣り針を垂らして、鰻を引っかける遊びである。仕組みの秘密は釣り糸を細くしてあるので、ほとんど途中で切れてしまい、滅多に釣れないことである。料金は一回拾銭だが大体の客は二、三回やって「釣れへんが」と癇癪を起こす。そのままスッと帰る客は少ない。大体糸の切れた釣り竿で四角い水槽を掻きまわすパターンが多い。なかには酔客で、竿で鰻をつつく奴、水面を叩く奴、なかには手で鰻の首を摑んで締める奴がいて際限がない。ここが店員の腕の見せ所で、そのために居るようなものだが、押しとどめ、宥め、いかに早く帰ってもらうか、客を早く帰すのが良い店員であった。鰻もたまったものではない。それでなくても釣り針で追いかけられ、傷だらけになっているので、数十匹いる水槽の鰻のなかで、必ず弱って気息えんえん、今にも死にそうな鰻が一匹はいるものである。この死にぞこない鰻にドクロ団が目をつけた。新世界には鰻釣り堀屋が三軒ある。夜、閉店前にドクロ団員が張りついて見張っている。死にかけ鰻を発見すると連絡する。赤ちゃんは苦もなく半死半生の鰻を釣り上げる寸法である。川魚屋は泥鰌より鰻がいいと高値で引き取ってくれた。釣り堀屋の店員は赤ちゃんが毎晩現れると当初は「またか」という顔をしたが、だんだんとおもい直し、変な酔客より地元の子供の方がまだましだと判断したのか愛想が良くなった。赤ちゃんが行くと「まいどおおけに、いらっしゃい」と声をかけてくれた。

 ドクロ団の会計は潤沢となり、ミッチャンの宝箱に御褒美のネックレスが増えて二箇になった。

 ミッチャンと三太が黄金バットの紙芝居を見ようと黄金湯の広場に行った。早い目なので時間が余った。広場の隅っこには駄菓子屋がある。

 鞍馬天狗、キングコングの面、水鉄砲、ゴムパチンコ、竹トンボ、ブリキの連発式紙鉄砲、爆裂弾、煙幕、着せ替え人形、ビーズ玉、ゴム風船、ままごと遊び道具など山積みに置いてある。婆さんが店番をしているが、ほとんど食べ物商売にかかりきりである。黒いブリキ板で外囲いしたかんてきが並んで、カルメ焼き、チョボ焼き、一銭焼きが食べられるようになっている。カルメラはザラメ砂糖を温め、溶けて焦げつかないよう小さな木棒でかき回し、炭酸を混ぜて膨張させるのが骨(コツ)だが空気孔の空洞が多い方がサクサクとしておいしい。見た目も大きく一番人気である。チョボ焼きは丸い凹みが九つ並んだ金具に天滓と紅生姜、蒟蒻の刻みと薄く溶かしたベシャベシャのメリケン粉を混ぜて丸く焼いた食べ物。同材料に刻み葱を加え、竹輪のスライスに鰹節の粉をふったのが一銭焼きである。鉄板と金こてで焼くのだが、これら三種の食べ物を婆さん一人でこなすから大忙しである。


第十三話終わり    続く

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