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第227号『仕事は続けないと面白くならない』

先日アニメ『SHIROBAKO』を全話観返していて改めて感銘を受けたセリフがありました。

“仕事は続けないと面白くならない”

2014年当時『SHIROBAKO』をリアルタイムで観ていた時も心に刺さっていたセリフだったのですが、改めて全24話を観返した中で全く同じセリフが胸に刺さったのでやっぱり好きなセリフなんだなと思いました。

“そう”思ったので今回改めてこのセリフについて考えてみました。

たぶんこうしたnoteの記事などを読まれる方の多くが社会人で何かしらの職に就かれている人ばかりだと思っているのですが。

皆さん今のお仕事をやっててどうですか?

毎日楽しいですか?

(私はいわずもがな毎日楽しいです)

ただよく周りの方に言われるのが「お前は社長なんだから。全てが自己責任である意味全部自分に返ってくるような仕事なんだからそりゃ楽しいでしょ?つかそういう人じゃないと務まらないんじゃないの?社長って」という感じのコメント。

こういったことを言われるたびに自分でも振り返って考えてみるのです。

どれくらいの方がご存知かはわかりませんが、私は今のゲームクリエイターのお仕事=サイバーコネクトツーの代表を務める前はイチ会社員であり典型的なサラリーマンでした。

大学を卒業しておよそ3年半くらいは“コンクリート二次製品メーカー”で営業をやっていました。

最初から社長=経営者ではなかったということです。

コンクリート業界で働いていた時っていうのは、当たり前ですが典型的な雇われ社員(当然)で毎月毎日たくさんの先輩や上司から怒られながら全国の公共工事を手掛ける建設業界の営業マンでした。

公園や公共施設を作る=建設するお仕事です。

今のようなエンターテインメント業界とは程遠い仕事で、一見すると“誰でもいい・誰でも出来るような仕事”でした。

そして今“あの当時”の自分自身を振り返って考えてみても、毎日の仕事や環境・人間関係に対して先輩達と議論したり意見の衝突なんてことは日常茶飯事でたぶん今と変わらずこのまんまの性格で仕事をしていたように記憶しています。

ただ、やはりどれだけ記憶をたどっても自分自身が仕事を嫌々やっていたり愚痴をこぼしたりしたような記憶がありません。

もちろん“もっとこうあるべきだ!”なんて生意気な意見を先輩や上司にぶつけて議論したりはしてました。

が、やはり仕事そのものに絶望したりただ非生産的な愚痴をこぼした記憶はありません。

あくまで感覚的な物言いになってしまいますが、要するに“楽しんで仕事をしていた”のだと思います。

事実、コンクリート業界の仕事をしていた当時のことを何度振り返っても“楽しかった”という記憶と感想しか出て来ません。

一見すると“建設業界の何が楽しいんだ?”と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

でもね。

やっぱり何にもないただの空き地で更地だった場所に、設計やって入札やって落札した業者にコンクリート製品を納入して現場が動き出して下請けの土建屋の人達が工事をやってそれからおよそ1年くらいでそこに公園が出来るってのは私にとって楽しい、というかちょっとした感動がありました。

ほんの1年前までなんにも無かった場所に公園が出来る。

工事が終わった後なんかは私自身わざわざ車でその公園によって様子を見に行ったりもしました。

それがどんなに小さな公園であっても、やはり完成した後にはそれを利用する人たち=お客様の姿が見えたりします。

小さな公園でベビーカーを引いたお母さんが小さな子供を遊ばせてる姿なんかを車の中から眺めながら“作り手がいてそれを利用して楽しむユーザーがいるってことはこれもモノ作りだなぁ”なんてことを考えながら小さな幸せと仕事に対する大きな手ごたえを我ながら勝手に感じていました。

ひょっとしたら私自身が“そういうタイプ”というだけなのかもしれません。

更に遡って考えても、学生時代にやった様々なアルバイトも全部楽しかった記憶しか無いです。もちろん肉体労働的な仕事もたくさんやったのでキツかった思い出も数多くありますが、やっぱり楽しかった。

ひょっとしたら潜在的に“仕事=楽しい”とか“仕事=尊い”という感覚が自分の中で固定されてしまっているのかもしれません。

確かにそれがどんな仕事であれ、人の仕事を馬鹿にしたりするような感覚が自分の中には全く無いように思います。

もっと言うと“仕事はどんなものでも立派・大切”って思っています。

もちろん“もっとこうしたほうが良い”なんて意見はそれぞれに対しても思ったり口にしたりもしますが、仕事そのものに対して否定的にはなれません。

そしてやっぱり“そう”思える根幹には自分自身が決して盲目的に“仕事は無条件に楽しい”って思っているわけではなくて、“楽しいって思えるまでやった”からだと思っています。

(ひょっとしたら)比較したら“楽しいって思えるまでの時間”が人よりも短いのかもしれませんが……。

私自身、大人になって久しいですし今までも(今でも)仕事をやっていて周りを見ると本当に嫌々ながら愚痴ばかりこぼして“もうこの仕事辞める!”って口癖のように言っている人がどれだけ多いかってことは間にあたりにしてきましたが。

その度に“もうちょっと考え方や角度を変えてみたら?”とか“こういう提案をしてみたら?”とか他人事ながらアドバイスみたいなことを言ってきました。

もちろん“それでも辞める!もういい!”って言う人には“だったらそうしたら?自分の人生なんだから自分で納得して決めたのならそれでいいと思うよ”なんて言い方もしてきました。(こういう言い方するとだいたい“急に他人事みたいな言い方!”なんて非難されることも多いですが)

けどね、所詮何事も自分以外の人間にとっては“他人事”であることは事実なんです。自身が納得して“もうちょっと頑張ってみる”って思えない限りは誰がなんて言おうと“苦しい・イヤ”としか感じないんだと思います。

けどね。

もし皆さんが今やっている仕事をしながらモヤモヤした気持ちがどこかにあるようであれば、ふと考えて欲しいなぁって思います。

“仕事は続けないと面白くならない”

っていう『SHIROBAKO』のセリフを、ね。

“それ”を盲目的と捉えるか“もう少し”と考えるかは皆さんの自由です。

私には関係無いですし。

けど、私自身の経験からひとつ言わせていただくと。

“意地張って続けてるといいことがあるんだよ”

ってコト。(BY伊藤『今日から俺は‼』)

それだけは間違いないかなぁ、うん。

そしてやっぱり“仕事は楽しい”ってこと。

だって生きてる人生の大半が“仕事してる人生”であり、そうして自分自身がこの時代に生きた意味を残せるってことなんだから。

もちろんどう考えるかは人それぞれですが。

どうせ生きるなら楽しみながら仕事して欲しいなぁって思うのです。

*****

さて、ここからはせっかく“コンクリート業界”の頃の話を思い出したのでその時のエピソードを紹介したいと思います。

私自身がまだ22歳で初めて社会人1年生として工事現場に入った時の話です。そこには実際に工事現場で働くおじさん(いや、おじいさん)達がいてみんな中卒で何十年も日雇い労働をやっているような(あえて言いますが)低学歴のおじいさんたちばかりでした。だいたいみんな60歳くらいのおじいさん労働者たち。そんなおじいさん達と私自身の初めての現場で実際に起きた出来事を赤裸々に語ってみたいと思います。

【低学歴のおじいさんと22歳のボク】

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