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ソーのnote好きな小説まとめ

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とりあえず、分野にこだわらず、好きな物を集めた
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2022年5月の記事一覧

【小説】遠いみち①

【小説】遠いみち①

昭和29年春――。

 このところ、お向かいの寺の桜が盛んに散ったから、狭い路地のあちらこちらが桃色に染まっている。時折り渡る風も随分、温かくなった。次の雨できっと、残りの花も散ってしまうのだろう。枝からは、わずかに緑の新芽が顔を出していた。

「和ちゃん、ちょっと⋯⋯」

 表を掃いていた私は、姉さんに呼ばれて「はい」と返事をした。

 箒と塵取りを手にしたままお勝手に回ると、「こっちぃ、おいで

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聴く短編小説「似ている二人」

聴く短編小説「似ている二人」

 個人営業の仕事をしていると、お客の名前がわからなくなることもある。うっかり忘れたり、まったく思い出せなかったり、いろいろだ。以前、同時期に「タカハシ」様が四人かぶってしまった。違う「タカハシ」様のことを、タカハシ様に話していた。しかし、幸いなことに気づいていないようだった。

 そのころ、私が通勤しているロードサイドの支店は、駅から歩いて20分のところにあった。少し早めに行って、支店の前のファス

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あてのない手紙

あてのない手紙

今どこで何をしていますか
起きていますか寝ていますか
お休みですか夜勤ですか
日々の暮らしはどうですか

私と同じ空虚を抱えていませんか
私達はルーツが同じだから
それはあながち杞憂でもなさそうで
緩やかに消えゆく宿命を
貴方も感じているのではないですか

今どこで何をしていますか
生きていますか死んでいますか
死んだように生きていますか
私はまだもう少しここで生きています

もし次に会えたとき

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【ショートショート】亡き妻のためのパヴァーヌ#毎週ショートショートnote

【ショートショート】亡き妻のためのパヴァーヌ#毎週ショートショートnote

 夜がまだ明けきらぬ時刻。

 彼は掘り起こした棺の中で眠っていた最愛の妻を胸に掻き抱く。彼の口からは、銀狼の咆哮にも似た嗚咽が漏れる。

 まなじりから流れ落ちた宝珠は、人知れぬ平野に積もる新雪のように白い妻の頬で弾け、薄明かりの下、妻の肌をより一層輝かせていた。

 やがて、妻の頬を撫でる一滴の水晶が色褪せた妻の唇に吸い込まれる。温もりを失った妻は顔を上げ、充血した瞳で彼に優しい微笑みを向けた

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小説|人だからさ

小説|人だからさ

 十年ぶりに彼女は町へ帰ります。知らない土地に思えました。古い建物の屋根は焼け落ちており、土壁には銃痕。支援金で建てられた新しい家々には知らない人々が住んでいます。夜に沈む町は変わりました。そして彼女も。

 十年前。彼女と病弱な幼い弟は、町の飯屋で無口な店主から軍人の残飯をもらいました。姉弟が急いで食べるかたわら、店主の腹が鳴ります。店主の痩けた頬を見て「なぜ、くれるの?」と彼女。店主は答えませ

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