天国と地獄もすべてを学びに変える
天国と地獄の学生時代 ‐親の離婚といじめ‐
子供のころは、やんちゃ坊主でガキ大将でしたね。
目立ちたがり屋で、よく喧嘩をして親にも怒られましたし、先生からも呼び出されることが日常茶飯事でした。
中学受験して結局は私立に入ったのですが、他に合格した学校が共学で自分はそちらにしようかなと思っていたんですよ。
そしたら母親から「男子校のほうがいいよ!楽しいよ!」と言われてそれを信じて、入学しました(笑)。
思い描いていたのとは違って、中学は暗黒の歴史。
父親がアパレル会社の社長をやっていたので、子供一人を私立に行かせるくらいはなんとかなったんですよ。そこそこ裕福な家庭でした。
でも親が離婚。養育費をめぐって裁判もしました。
養育費が決まったと思ったら、父親の会社の倒産が決まって…。
養育費は払えないし、自己破産なので家も売らなくてはいけない、母親一人で稼がなくてはいけない。
親の離婚と友達からのいじめが重なった時期があって、ひたすら家でオンラインゲームをやってました。
自分の置き所も拠り所もなかった
当時、心療内科にも通いました。
家にも居場所がないし、学校でも唯一の心の拠り所だった友人たちからもいじめられてしまって、けっこう病んでいましたね。
中学では当初派手なグループにいたんですが、とあることがきっかけで「あいつ何」と無視されたり、体操着を隠されたり、靴に画びょうを入れられたり、机が無いこともありました。
私立なので、問題を起こしたら停学とか高校に上がれないこともよくあったので、それが一応抑止力だったと思うんですけど、陰険というか、直接は何もしてこないんですよね。ずるいなと思ってました。
そのうちに、別のグループ、秀才グループと仲良くなりました。
中学の同級生は300人くらいで、成績は下から2番目くらいだったんですが、高校のときは同級生450人くらいで10番くらいにずっと入ってましたね。
秀才と一緒にいると頭がよくなるんですね。
オンラインゲームのことや、女性との接し方、デートってこうやるんだよ、という話をしたりして、それは喜ばれましたね。
自分は勉強を教えてもらう、ということでお互いメリットがあるというか。教科書に書いていないので現場で学んでいくしかないので(笑)。
それで仲良くなりましたね。
ところが高校に上がるとき、養育費が払えない、学費が払えないという話になって。
自分がいることで、お荷物的なかんじになっているんじゃないかって。
当時地元の友人には高校に行っていない人もいて、高校に行くのをやめようと思うと話したら、友人に猛反対されました。
意外にも「俺は高校に行かなかったことを後悔している、お前は選択肢があるんだから、なんとかもがいてでも行け」って言われて、じゃあ分かったと。バイトしながら高校に行くことにしました。
当時学校はアルバイト禁止でしたけど、特別許可ということでアルバイトしながら高校3年間通い、奨学金で大学に行きました。
ラーメン専門店 一蘭でアルバイトしました。
時給もよかったですし、顔が見えないシステムなので、一応特別許可とはいえ基本はバイトNGでしたから顔ばれしないのがよかったですね。
部活は、中・高とアイスホッケーをやっていました。
高校時代は、部活にも勉強にも恋愛にも校外の友人との交流、全部に全力でした。
校外の友人と過ごす時間が増えて、サークルというか、仲間と遊ぶ時間が楽しかったですね。それまで苦しいこともありましたけれど、友人に囲まれて楽しく過ごせていたので、つらかったことは忘れてきてしまっています。
父親という存在を諦めた
父親とは十数年会っていません。
就活中に父方の祖父が亡くなったときに久しぶりに再会したのが最後。
「母子家庭のやつがいい会社に行けるわけがない」
それで大喧嘩になって、もう何年も会っていないです。
でも去年、十年ぶりにショートメールで連絡しました。
「結婚する」
「おめでとう」
やり取りはこれだけでしたけど、自分の起業のきっかけをくれた父親に一言伝えられてよかった。
迷ったときはいばらの道を選ぶ
2013年新卒で株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に入社。
起業するために、3つの力をつけたいと思っていました。
売る力、売らせる力、売らせるものを作る力。
20代ではやくその力を身につけたかった。
それにはインテリジェンスが近道だと考えました。
起業を考えたのは学生時代。
子供のころから、周りから押し上げられる形で組織のリーダーになることが多くて、そうなるということは素養かなと。リーダーを体現するとしたら、経営者が一番しっくりきたんです。
あと、父親の会社の倒産が子供心に悔しかった。
起業して会社を経営することは、敗者復活戦というか、親の無念を晴らすことになるかなと。親孝行になればという気持ちもありました。
インテリジェンスでは、求人広告のDODAの営業をしました。
当時はDODAのメディアパワーが弱かった。
そこで、求人広告以外のことで価値提供をしようと。
採用するためにはどうしたらよいのか、ノウハウをクライアントにアドバイスしました。
先輩からよく言われたのが「求人広告の枠売りになるな」
これは今の自分のポリシー「モノ言うエージェント」と近いと思います。
なんで採用できないのか、何が問題なのか、どこを磨けばよいのか、時には耳に痛いこともクライアントに言うスタイル。
当時、インテリジェンスでは、「チャレンジファンド」という社内公募制度がありました。
先輩と3人のチームで出した案が通りました。
社内にいながらして起業を経験できるのですが、インテリジェンスという、お金もブランドも全部揃っていて、先輩もいましたから、自分がいなくてもいいかなと。起業を見越したときに、何もないところからつくる経験をしたかったんですよね。
それで、サーキュレーションに7~8名のフェーズで入りました。
強みを伸ばすマネジメントポリシー
サーキュレーションはプロ人材のシェアリングサービスを提供しています。
こういったニーズは顕在化していませんので経営者、役員と接点をもちます。「こんなプロがいます、ニーズありますか?」という営業は通用しません。
経営課題をヒアリング。資金不足であればファイナンス、採用や人材の定着であれば人事のプロを提案。ほかにも、中計策定、アカウンティング、ファイナンス、マーケティング、広報、IR、人事制度企画、採用戦略、法務、セキュリティ、情シスなど。
コーポレート職種のプロ人材と企業のマッチングにより、会社の骨組みが作られ、大きな飛躍へと繋がっていくのを間近で体験しました。
これはペルソナのキャッチコピー”コーポレート× DX”にも繋がります。
サーキュレーション2年目で、メンバー2名の部下を持つように。
インテリジェンスでも、サーキュレーションでも上司という上司はおらず、背中を見せるという風土で育ったので、そういうマネジメントをしていました。
これが全然機能しなくて(苦笑)。メンバーが付いてきてくれない。
いろんな人に相談しました。
そこで、決めたのがマネジメントのポリシー。
”強みを伸ばすマネジメント”
”自分のやり方をコピーさせない”
”成長の機会を与える、そのための障害を排除する”
これを決めて実行したらうまくチームがまわるようになりました。
能動的に自ら学ぼうとするし、失敗を恐れなくなる。
だから自信をもってのびのびと仕事をしている。
僕が不在でもチームがまわるし、逆にいないほうがいいことも。
当時サーキュレーションは、9チームあったのですが、ずっと利益はNO.1でした。
これは間違っていないやり方だと、自信を持つことができました。
創業してすぐにコロナ禍に
2019年10月にペルソナを創業。当初は採用コンサルティングを行っていました。
インテリジェンスのときも、サーキュレーションのときも、広告媒体、プロ人材のシェアリングという手法は違えど、目的は「採用」。
企業の未来、ひいては社会の未来を創るために人材が必要だからです。
採用手法に捉われずに、採用全般についてのコンサルティングをしていました。
ありがたいことに、中途採用の依頼も増えたのですが、いかんせん一人だと期待に応えきれず。
そこで、知人から紹介してもらったのが富田さん。
富田さんは、いろいろ経て当時はフリーランスで採用支援をしていました。
まずはちょっと仕事を手伝ってもらうということだったのですが、巻き込んで(笑)、正式にジョインしてもらいました。
↓そのときを垣間見えるストーリーはこちら↓
個人事業主が3年間ペルソナで過ごした結果
その後、インテリジェンスのときに一緒に仕事をしていた見崎さんに「一緒に働きたい」とストレートに伝え、2020年5月に第一号社員としてジョインしてくれました。
↓そのときのエピソードはこちら↓
第一号社員から見たペルソナ株式会社
2020年といえば、コロナに世界中が怯え、経済は鈍化し、多くの企業で採用がストップ。今思うとよく入社してくれたなと思います。
採用がストップし先行きが不透明になって苦しい時期もありました。胃はキリキリするし、眠れないし、歯ぎしりもするし白髪も増えましたね。経営者は、キャッシュの動きが手に取るように分かります。
でも、いの一番に声をかけてもらえるお抱えエージェントを目指して、クライアントを闇雲には増やさず、蜜な関係性を築いていたので、苦しい時期も乗り越えることができました。
そのうちにDXという言葉も盛んに目にするようになり、コーポレート×DX に強みを持ってやってきたことが実を結んできたことを実感しています。
人材業の理想郷をつくりたい
これまで人材業に関わってきて思ったこと。
それは産業としては成熟してきているのにもかかわらず、経験ゆたかな経験者たちが、腹落ちして充実した環境に身を置いている人が少ないということ。
たとえば
・個人事業主の集まりのような環境で、やること・キャリアも固定化されている
・利益率が高い割りに、労働分配率が低い
・性悪説のマネジメントにより、対面・オフライン偏重主義
・職位が上がっていくにつれマネジメントに対する期待が大きくなり、現場感がなくなる
・KPIに追われ、本来自分がやりたいスタイルと異なる(トップダウンによる顧客志向の欠如)
・プライベートでの変化がある中、勤務形態に縛りがある
人材紹介業は、ビジネスモデルでは差別化しにくく、結局は会社というより、”誰が担当になるか”が分岐点になると思います。
その過程で人材業従事者のわれわれが本気で理想郷をつくり、充実感をもって長く働ける環境をできるか、にかかっているかなと思っています。
それにしても、優秀な方ほど、メンバーマネジメントなど業務負荷は増え続け、さらなる疲弊を感じ、さらに報酬の還元率がとにかく低い。
個社ごとではなく業界的にです。
本来、採用・キャリア支援を通じて、社会貢献していく人材業をしているはずが、いつのまにか自分自身の仕事の意義が見いだせていない人が多すぎる。
そこで当社は、労働時間を担保することが是とされる人材業界で、働き方を効率化し、搾取型ではない報酬の還元ができるのではないかと考えており、そのスタイルを創業時から取り入れています。
(フルリモート、フルフレックス、明瞭なインセンティブ)
いま社内でも今後どうしていくか、何が優位性となるのかなど、常々話していますが、結局のところ、顧客に貢献することはもちろん、その過程で人材業従事者の私たちが本気で理想郷をつくり、充実感をもって長く働ける環境を作れるかにかかっているかなと思っています。
今後についてですが、人材紹介業については20名程度の優秀な経験者を招聘し(現在8名)、次には新規事業を進めていきたいと考えています。”人材”に関する不を解消していきたいですね。
いまはその仲間づくりに奮闘中です。
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#1 ペルソナ創業の思いとこれまで
#2 ペルソナの事業や制度について
#3 若手社員から見たペルソナ
▼ペルソナってどんなところか気になったら
ペルソナで働くということ
ワーキングマザーの抱える罪悪感について考えてみた
ペルソナよいとこ一度はおいで
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