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【連載小説】「心の雛」第一話

《あらすじ》
ここは森の奥にひっそりと佇む心の病院。院長は奥野心。患者様からは心先生、と呼ばれ親しまれている。先生は触れた人の「心」に触れることができる性質を持っていた。時間を忘れそうになるほど穏やかな日常と大好きなおやつの時間に食べるプリン。それと、雛。先生の大切なものはたったそれだけだ。手のひらサイズの小さな妖精、雛との日常に、ある日新しい患者様が現れた。妖精と人間の因縁。心の整え方。雛の願い。これは心先生が触れる「心」の小さな物語。

(あらすじ 214字)

※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。
※全二十話 39,889文字


(本文 第一話 1,183字)


「はい、本日はありがとうございました。お大事になさってください」

 朗らかに笑って先生が患者様を見送っている。
 ペコリと患者様が——来た時よりは幾分明るい表情で——一礼して帰って行った。玄関のドアがゆっくりと閉じ、先生と私はほっと一息つく。
「あと二回、というところでしょうか、先生」
 私が尋ねると、先生はゆるゆると首を横に振った。
「さぁ、それは誰にも分かりません。あと二回の診療で卒業できればいいですが、人の心は日々変わるものですし」
「それはそうですね」
「ただ今日のテルミ様はかなり良くなってきていましたね。それは、確かです」
「はい」
 患者様があとどれくらいで治るのか、なんていうのは愚問だった。私は恥じた。白衣の裾を翻しながら先生は診察室から受付へと歩いてこられ、先ほどの患者様のカルテを私の手元にそっと置いた。本日の予約はもうない。
「おやつにしましょうか」
「あっ、はい! 今カルテをしまったら準備しますね!」
 私は大急ぎで自分の役割を進めた。

 ここは心の病院。
 森の奥にひっそりと佇む、心の病を治すための場所だ。

 院長は背がとても高く白衣の似合う青年……のように見える。人間の男性の参考例は彼しかいないので、私には先生がはたして年相応なものなのか判断しかねる。色素が薄いせいで生まれた時から茶色だったという髪を無造作に整え、いつもにこにこ笑っている、おやつの時間を何より大事にしている、そしてとても優しい先生だ。
 どのくらい優しいかというと、目の前で困っている何かがいたら後先考えずに助けてしまうようなところだ。人、犬、猫、小鳥、植物……。私も然り。診察室の壁一面にしつらえた本棚にも、自宅兼病院の二階のリビングにある本棚にも、たくさんの本が連なっている。それほどの本を先生は読まれている。知識がある。
 知識の塊のような先生は外科としても小児科としてもやっていけると思うくらい博学だけど、どういうわけか先生は「心」に焦点を絞って「心」を治す病院の院長をやっている。

 病院は完全予約制だ。先生が一人しかいないからだ。
 もともとは街で別の病院を開いていたそうだが先生自身も体調を崩し、患者の数を絞ることにしたらしい。森の奥までわざわざ足を運んでまでやってくる患者様は奇特な方たちだ。彼らに実に丁寧に治療を施し、何度か通院を経て、やがて彼らは笑顔になっていった。口コミで別の方がやって来る。その方たちも治っていく。一度治った患者様も再び心を病んでしまい、もう一度治療をすることもある。
 私はこの病院で働かせていただいてから、毎日心穏やかに過ごすことができて幸せである。先生の側にいるだけで不安が小さくなっていくのだ。

 カルテをしまい、事務机から飛び降りた。頑張って歩こうとすると先生が気が付いて私をひょいとつまみあげ、いつもおやつを食べる奥の部屋まで連れて行ってくれた。

(つづく)


(各話へのリンクはこちらから/全二十話)

第二話 https://note.com/pekomogu/n/n85329b4358fb
第三話 https://note.com/pekomogu/n/n039273fff0c1
第四話 https://note.com/pekomogu/n/n008ded3a8fb4
第五話 https://note.com/pekomogu/n/n9163ac4b3eaa
第六話 https://note.com/pekomogu/n/nea9a4b4cc388
第七話 https://note.com/pekomogu/n/n55ad19ab45af
第八話 https://note.com/pekomogu/n/ncbf8f97f647b
第九話 https://note.com/pekomogu/n/n2c85b5785169
第十話 https://note.com/pekomogu/n/ne3b4d5724e9b
第十一話 https://note.com/pekomogu/n/na5cbcb763ddf
第十二話 https://note.com/pekomogu/n/n33707da7327c
第十三話 https://note.com/pekomogu/n/n1e783563f78b
第十四話 https://note.com/pekomogu/n/n1504b81818be
第十五話 https://note.com/pekomogu/n/n4a4ac9dd70a4
第十六話 https://note.com/pekomogu/n/ncba9167458af
第十七話 https://note.com/pekomogu/n/ncfe046e07254
第十八話 https://note.com/pekomogu/n/nf621358aa688
第十九話 https://note.com/pekomogu/n/n59c0a058dbfb
最終話 https://note.com/pekomogu/n/nf6bb8f21e6ed

あとがき https://note.com/pekomogu/n/n04b1f370b25c


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