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【連載小説】「心の雛」第十八話

(第一話はこちらから)
https://note.com/pekomogu/n/ne7057318d519

※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。


(本文 第十八話 2,008字)


妖精シルフは……人間の言葉を話せるのですか」
 ポツリと虚ろな目をしたかのう様が呟いた。
 今更の事実に僕は目を伏せた。もしかして、という思いはあったけれど彼女は妖精が言葉を話したり意思疎通までできることを知らなかったのだ。だからこそ今この状況なのだということに、僕は今更ながらに唇を噛み締めた。
「そのようです」
「……どうして?」
 苦悶の表情のかのう様が僕に問いかける。表情が一瞬で険しくなった。
「どうして? どうして? どうして⁉」
 何度も、何度も。
「妖精の涙も生き血も、人間の僕らには手に余るものかと思います」
「は! かくいう貴方だって、先ほど大怪我を負ったにも関わらず今飄々としているのは何故でしょうね。妖精の恩恵をこれほどまで受けておきながら、よくそんな言葉を口にできるわね!」
「……それは、そうですが」
「貴方が妖精と一緒にいるかどうかの確証はなかったわ……。知人の知人からの情報でしたし、怪我の治りのスピードなんていちいち気にする方がどうかしている。……だけれども!」

 叶とわ子が叫んでいる。不思議と声は響かず、静かにまっすぐ僕の心の中に届いてくる。暗闇の中で僕と彼女だけがしっかりと見え、それが僕たちがこの世ではない世界にいることを物語っていると思った。

 おそらくここは、心の中、なのだ。

 僕の心に触れた彼女、の心の中に僕は入り込んだ。
 するとどうだろうか。病院の見慣れた待合室ではなく、闇の中に僕たちはいた。
 感情と言葉だけが頭の中に入ってくる。気持ちは良くないのだが、相手が一人だけなのでまだ対処しやすい。満員電車の中で雑多な心が入り込むよりは至って静かな空間だ。


「妖精を手懐け、飼いならし、いざとなったら自分に力を貸すように仕向ける。大した知恵者ね、貴方は!」
「……そういう気は全くありません」
「嘘よ! 所詮は人間。誰だって心は弱いものよ。妖精を狩るのは良心が痛むから、狩らずに近くに置いておく手段に逃げているだけよ!」
「そう思われるのなら、思っていただいて結構です」
「狩らずにほだすという方法もあるのだということを知りました。貴方と会って収益になったことはそれくらいでしょうね」
 叶様はもうずっとこの調子だ。
 感情の起伏がいかに激しいことか。
 これでは身も持たない。心だってすり減る一方だ。
 師匠から教えていただいた心を整える治療をしたとして、数ヶ月やそこらで整うものでもなさそうなほど、彼女の心は固く閉ざされていた。人の言葉に耳を傾けることができず、もうずっと辛い過去と不安な未来で「今」を蔑ろにして生きている。

「あの妖精をそっとしておいてやれませんか」
 絶望的な気持ちで提案した。
 僕とひながこの人に何かしただろうか。森の奥でひっそりと暮らしているのだから、構わずにそっとしてほしかった。それが僕の願いであり、望みだった。
「あの子に罪はない。狩られる理由もない。捕獲の道具がこれほど進化していることには驚きましたが、たとえ今後改良して最高の道具にしたところで、いつか妖精は絶滅危惧種となる。限界はあるのです」
「もう限界はきております」
「そうですか。だからこそ、妖精などには頼らずに私達医師たちが地道にコツコツと患者様と向き合う他ないと、僕は思っております」
「貴方は頼りましたよね?」
 ……また振り出しに戻ってしまった。

 彼女は僕だけが雛の力でどうにかなっている事実を羨んでいる。彼女も救われたいのだ。

「貴女も人間です。辛いなら、辛いと言いましょう。妖精の力は人々のため、その大義は確かにそうですが、貴女自身が辛すぎるならご自身で涙を飲んではいかがでしょうか。それで気が楽になるかどうかは僕には分かりかねますが……」
「私が……」
「貴女が元気に前を向くことができれば、それによって救われる患者様もたくさん増えるでしょう。貴女も楽になりますし患者様も喜びます。そのように考えることは、今の貴女には難しいでしょうか」
「…………」
 彼女の視線が揺れ動いた。迷っているのかもしれない。
 人は誰しも「大切にされたい」と願う生き物だと考えている。
 愛を求めている。……たぶん。本当に強い人はどうなのだろうか。

 闇の中で心と心で直接対話する。不思議な感覚だった。
 彼女が僕の目を見た。ギョッとした。彼女の目……瞳がなかった。両目の中身は闇だった。
「もう涙ならたくさん飲みました」
 彼女の手が僕の胸を鷲掴みにした。ここは現実世界ではない。彼女の手が胸を突き抜け、僕の身体の中にトプンと入り込んだ。
「生き血も飲みました。心の傷は、それでも開いたままです」
「う…………」
 何かを掴まれ、何かを握られた。
 漆黒の瞳から黒い涙を流した彼女が続けた。

「誰も私を治せない。涙も血も。
 だから、奥野心おくのこころ。あの妖精こむすめをこちらに寄越しなさい。
 体ごと喰ってやります」


(つづく)

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