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【連載小説】「心の雛」第十七話

(第一話はこちらから)
https://note.com/pekomogu/n/ne7057318d519

※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。


(本文 第十七話 1,837字)


 女と男が手を繋いでいる。
 かれこれ半刻ほど経っただろうか。二人はピクリとも動かない。
 どちらも目を瞑っている。口も閉じられている。

 一部始終を目の当たりにしていた私は、ただ黙って待つしかなかった。

 かのうとわ子、と、奥野心おくのこころ先生。

 どちらも触れた者の「心」に触れることができる性質たちを持つ人間だ。

 *  *  *

「最後の一つが残っていて助かりました」
「……ちゅ、ちゅ」
「明日の分をいつ作れるか分かりませんね。最後の晩餐にならなければいいのですが……」
「……ちゅ、ちゅ、ちゅ」
「……ひな。そんなに喉が乾いてしまったのですか? 裏庭でもっと取ってきましょうか?」
 大急ぎで私は首を横に振った。外には悪魔女がいるのだから、先生がこの病院から出るわけにはいかないのだ。

 私と先生はおやつを楽しんでいた。
 おやつはいつも、先生はプリン、私は花の蜜。毎日昼と夕方の合間の時間にそれを楽しむ。
 今日の花の蜜はアカシアだった。日当たり抜群の一区画が裏庭にあって、先生がいつだかそこにアカシアを植えたようだった。黄色くてふわふわの可愛いお花を口元にあてがって、花粉まみれになりながら蜜を口に含んだ。花から顔を上げると先生が、
「雛。黄色のヒゲが付きましたよ」
 と言ったので、恥ずかしくなって俯いてしまった。


 先生が作戦――試してみたいことがあると言った。
 捕獲ちゃんで先生がまた重症を負うことなく、私が白旗を上げて死地に赴かず、あの女と本音で話し合う、そういう作戦。
 そんな都合の良い作戦などあるのだろうか。私は小首を傾げる。先生は頭の良い方なので、何か目からウロコのような作戦も思いつくものなのか。

「やってみたことはないので確証はありませんが」
 最後の一口を食べ、先生は呟いた。
「ですが、彼女を楽にしてあげない限り、結局いつまでも同じことが続きます。雛でなければ他の妖精シルフが。もうこういうことは誰かが終止符を打たなければなりません」
「私は……先生が傷ついてしまうのはもう嫌です」
「……そうですね。それも大事ですね。ありがとう、雛。僕を大事に思ってくれて」
 先生が目を細めて私を見た。穏やかな微笑。泣きそうなくらいに。

 先生の着古したYシャツのハギレで作ったお手製の私の服。ちくちくと夜なべをして作ったワンピースを、血がついていないものに着替えて準備をした。首の後ろで結び、腰紐でキュッとくびれを作る。太腿が露わにならない丈長の服にしたのは下着がないからだ。シンプルで実用的。本当はちょびっとだけもっと可愛いレースみたいな服を着てみたいけれど、ここの暮らしではそういう装飾品は手に入らない。先生にお金を使わせるわけにもいかない。
 前に先生が読んでくれた絵本に出てくる妖精——彼女の服は胸が強調されたふわふわ、リボン、レース、そして透けている(!)——はとても愛らしかった。ああいう服でも着たら、先生も私を一人前の女性として見てくれるのだろうか。

 *  *  *

 新しい服に着替えて小ざっぱりした先生が外にいる女に話しかけた。
 話し合いを提案するためだ。
 返答がなかったのでそろりと様子を見に行くと、どうやら気を失っていたようだった。整えていたはずの身なりはボロボロで髪には枯れ葉がくっついていた。

 武器は捨て、冷静に話をする。
 呆けてはいたが女は応じた。
 待合室に設えたソファと木製のどっしりとしたローテーブルにお互い九十度で向かい合い、先生と女がゆっくりと話し始めた。

 医者としての本音と建前。目指すもの。女の望み。先生の気持ち。
 お互い既に隠すものは何もない、はず。だからこそ今の先生は堂々としているように見えた。

 かなりの時間話し合ったがちっとも結論は出ない。
 既にここにいることがバレている私は、先生の側で白衣の裾をぎゅっと握りしめながら様子を伺っていた。
 ふとお互い無言になり、女と先生が見つめ合った。
 いやだ、ナニコレ。お互いじっと視線を逸らさないまま見つめているの、私は羨ましくて仕方がなかった。

「大変失礼なことを申し上げますが、貴女に触れてもよろしいでしょうか?」
 先生が女に問う。私の心臓がビクリと縮こまった。
「えぇ、結構です。以前の診療でも一瞬ですが垣間見えましたね。決着をつけましょうか」

 女と先生がそれぞれの手を合わせた。


 そしてそのまま半刻経つ。二人は動かない。



 まるで時間がそこだけ切り取られたかのようだった……。


(つづく)

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