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【連載小説】「心の雛」第十九話

(第一話はこちらから)
https://note.com/pekomogu/n/ne7057318d519

※この小説は、創作大賞2024「ファンタジー小説部門」応募作品です。


(本文 第十九話 1,890字)


 ひなを渡したら、彼女を体ごと喰ってやると言われた。
 全くもって救いのない女性だと思ってしまう。
 でも僕はかぶりを振る。諦めることは医者であれば決してしてはいけないことだと、僕は師匠からたくさん教えていただいた。

 諦めてはいけない。

 僕の心に触れた彼女、の心の中で僕とかのうとわ子は対話する。
 握られたのは僕の「心」の最奥にある「パンドラの箱」。
 開けられる。
 むき出しにされる。
 中身を全てぶちまけられる。

 だが、不思議と僕の感情は穏やかだった。
 心の奥底の何も包まれていない感情――師匠からいただいたたくさんの言葉と思い出、孤児院での楽しかった日々、雛の僕へのまっすぐな温かい気持ちなどがまるでミルフィーユのように折り重なって構成されている――は、叶とわ子にいくら覗かれようが何一つ変わらない。揺さぶられない。

「僕の」
 闇に飲まれた彼女を見て静かに言った。
「心の中は、いかがでしたでしょうか」
 彼女が再び「どうして?」という表情になった。

「貴女がいくら僕の心を暴こうが構いません。もう、気にすることなど一つもない。隠すものも何もない」
「……何、も」
 彼女と視線がかち合った。
 一瞬で怯えの表情に変わった彼女を見て、一体僕はどんな顔をしているのかと苦笑した。でも笑うことなどできやしない。

 怒りでもない。
 ただひたすらに、どうしようもなく悲しかった。
 これから言わなければならないことを思うと苦しかった。

 彼女が僕の胸に入り込んだ手を引っこ抜き、距離を取ろうと後ろに下がった。その手首を僕は掴んだ。
「僕の心の中は全てお見せしました。ならば僕が今貴女を『どう』思っているのかお分かりいただけたでしょう。本当ならばこういう真似はしたくはありません。性に合わないもので」
「何をする気ですか」
「ですが、僕は貴女にお伺いします。同じことを僕も貴女にしてもいいでしょうか? 心に触れることができる者同士が触れ合うと、今のような現象になるなんて知りませんでした。相手の『心そのものに手を下す』ことができるって、知りませんでした。貴女のおかげですね。

 さぁ、もう一度お伺いします。

 貴女がしたように、
 僕も貴女の心を引きずり出して、
 今ここに全部さらけ出してもいいでしょうかっ‼」



 甲高い悲鳴が病院内に響き渡った。
 目を開けると僕の病院の天井が見えた。
 ゆっくりと身体を起こし、雛を探す。探す間もなく彼女が僕に駆け寄ってきてくれたので僕は安心した。
 雛に触れた瞬間、分かってはいたものの不安な気持ちがどっと流れ込んできて、心配させてしまったことを悔やんだ。説得は失敗したのだ。
「先生……」
「……申し訳ない。戻るのが遅くなりました。僕は大丈夫です」
「……はい」
 雛を手に乗せ、僕の肩に乗せた。
 悲鳴を上げたのは叶とわ子だった。彼女は僕の目の前で、滝のような涙を流しながらうずくまっていた。

「さらけ出していませんが……」
 僕は困ってしまい、呟いた。
 自分がされて嫌なことを同じように相手にもする、僕にはとてもできそうになかったが、脅しのつもりで彼女には言った。彼女は拒絶した。こんなにも号泣する姿を見て、こんな時、師匠ならどう彼女を整えるのだろうと想像し、上手くできない自分が辛かった。
「うっうっうっうっ……」
 彼女はずっと泣き続けた。
 子供のように、いつまでも泣き続けていた。


 だいぶ経ってから嗚咽まじりに叶とわ子が小さく言った。

「貴方は……ひどい人ね」

 僕は無表情で答える。

「貴女ほどではないですよ」

 *  *  *

 彼女を落ち着かせるためにと自家製ハーブティーを淹れ、僕はもう一度珈琲を(おやつの時にも飲んだので)、雛にも別のハーブティーを淹れた。裏庭があるのは本当に便利である。いつでも好きな時に葉を摘むことができるからだ。
 僕と雛が協力し合ってお茶の準備を進めている様子を、叶様がじっと眺めていた。

「先生、私のこのハーブはどんな効能があるんですか?」
「雛のはリンデン。叶様のはカモミールです。どちらも不安や緊張を和らげる効能がありますが、カモミールの方がより一般的で飲みやすいと言われていますね」
「へぇえ。カモミールは前に飲んだことがあるかも」
「そうですね、淹れたことがあったはずです。お風呂にしたこともあったかと思いますよ」
「リンデン? これは何だか甘い香りがします。落ち着きますー」

 彼女にとっては不思議な光景だったのだろう。
 カモミールのハーブティーを停戦の約束として共に飲み、泣き腫らして化粧らしきものが取れてしまった子供のような叶とわ子は、それから帰って行った。


(つづく)

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