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何をしたいの?どうなりたいの?目標が定まらない人生は行き先がわからない船出と一緒です。今日の写真は天かすうどん。色味が悪いからおネギを散らせば良かった。
終活に入ろうと思っています。終活とは人生の終わりのための活動です。誰しも人生の終わりを迎えます。いつ始めてもおかしくないのですが、早く始めると生活に支障が出てくるのです。生活とは生きて生体として活動することです。生活が何不自由無くできていてそして終活をするのです。
生活ができていないのに終活をしてもそれは目的を変えるだけで通過点としての活動ができていないのです。
生活とは生きて生体としての活動だと定義すると生きているだけで良い事になります。そうではないのです。生きるのか、生かされているのか、それとも惰性でいるだけなのか?生きている実感があるのでしょうか?
生きている自分が生きている自分を客観的に生きているのかと疑問に思っても答えは出ません。生きている実感とは死にかけた時に感じるものです。
死ぬほどの経験がなければ生きている実感は無いのです。
終活を考えるのは死を感じてからで良いのです。生きている実感がありそして死にたくないと思うほど生に執着してからで良いのです。死にたくないから生活ができていると実感できるのです。
いつまでも生活が続くわけではありません。終活は生活の終わりです。毎日の生活を次の日に続けるのですが、人間は老化するのです。続ける為には老化に対応しなければなりません。今管理している事ができなくなるのです。
次の日の自分に引き継ぐように残された人に引き継げるように準備するのです。それが生活から終活になるのです。老化という変化そして引き継ぐその先に終わりがあるのです。
終わりとは引き継ぎが終わりと思います。血族の引き継ぎ。思想の引き継ぎ人生の終わりとは未来がない事です。死後の世界があると思ってはいけません。なぜなら今の生活を疎かにしてしまうからです。
死後の世界があると信じると終活をしなくなるのです。
生活から逃げる事が終活では無く、生活の終点に向かって準備するのが終活です。生活を引き継ぐことが終活です
引き継ぐ必要がなければ死ねば終わりだと思って準備をしないのです。
わたしは何を伝え残すのでしょうか?
生活を残すのです。
生きる術を残すのです。
生きる目標を残すのです。
わたしがあなたに引き継ぐのは生活の仕方、安全、安心、安定。そして目標となる幸せについてです。財産は子どもたちが引き継ぐでしょうからご安心ください。
終活は悲しいことでしょうか?
終わることは寂しいことです。それは、伝える事が出来なくなるからです。
生活とは伝える事だと思うのです。伝え合い、話し合い、助け合うのです。
一方的に伝えても受け止めて貰わなければ話し合うことも助け合うこともできないのです。それが幸せになる第一歩です。
納得できない、説得できないのは理解力が無いからです。真実を知ってそれを正確に伝える事が説得です。自分を説得して自分を納得させるのが自問自答です。
自問自答をしないから納得できず説得もしないで人から伝わってきた事を伝えるだけの中継器になっていませんか?
マニュアルを読んでそれを正確に覚えてマニュアル通りに動くのと理解して自分が納得し自分を説得できて動くのとでは同じ動きでも深みが異なるのです。深みとはマニュアルに載っていない事に対応する事ができ、マニュアルの間違いを指摘して改正させる事ができる深みです。
深みをつける事が本当の学びです。知識を増やす覚える、暗記力が頭の良さだと思い込まされているのです。
頭が悪いとは覚えられない、知識が少ない、学ぼうとしないではありません。頭が健康ではない事を頭が悪いというのです。治療する事で健康は保つ事ができるのです。
人生は深いのです。