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自分の心を強くする必要は無いと思うのです。強くするのではなく正直になることです。口では平等、公平、同じだと言いながら嫉妬したり、悔やんだり、悔しがったりしている自分を認めるのです。強い時も弱い時もあると認めるのです。そしてなぜそう思ったのかと疑問を感じてその回答を得るために行動するのです。今日の写真は野菜たっぷりスープです。

心の中って大切です。誰にも知られることはありません。知ったつもりでもそれは想像です。自分の心の中さえそうですから他人の心の中はわからないのです。

ただ、物理的に行う(行動)は見たり感じたりできます。行動と感じたことは分けて考えましょう。行動も全てが見えているわけでは無いのです。見えているのも見えていると感じた部分しか見えていないのです。

感じるとは刺激です。人間は色々な刺激を脳内で分類して蓄積しています。その刺激から認識して行動に移すのです。考えることも行動です。脳が行動しているのです。脳が身体の一部分に刺激を与えることで身体の一部分が動作するのです。その組み合わせが複雑に絡み合って行動となります。

行動(考えること、想像することも行動です)を通じて心の中が変化するのです。そんな仕組みの人間を簡単に単純化して表現できることはありません。

様々な人が様々な思想で表現しているのです。ですからなにが正解でなにが不正解などと議論したところで意味がないのです。それではどうすれば良いのでしょうか?

自分の心の中に問いかけるのです。自問自答を繰り返すことで自分の心を自分のものにするのです。環境の違いがあるのです。生まれた時から環境は変化しているのです。両親を自分で選ぶことはできません。環境も自分で選ぶことはできません。理解して受け入れるしか無いのです。理解できなくても受け入れなければ先に進むことはできないのです。

受け入れることで自分の心の中を見ることができるのです。受け入れられないのは現実を否定することです。否定していると次の段階である「なぜ?」に進めないのです。なぜそうなっているのだろう?と疑問に思ってその回答を得るために行動するのは気づきに基づく行動となるのです。

挨拶をする。挨拶をされた。なぜ挨拶をするのでしょうか?なんの疑問も無くそうするものだと納得していたら心のこもった挨拶では無いのです。

元気のない挨拶を受けたら「元気がないな、なぜだろう?」と疑問に思うと「おはよう、どうした?、いつもの元気が感じられないんだけど?」と言葉を返せば良いのです。いつも元気がない挨拶をする人ならばそんな疑問が出ないのですが、気配りができていると疑問に感じる事にすぐに対応できるのです。

なにを気づくのか?それは変化に気づく事です。周りの環境は変化の連続です。変化にもパターンがあっていつもの変化であれば予想できる変化であるのです。予想できる変化を多く増やす事で心の中にゆとりが出てくるのです。

機械的に心の中を作っても人間の代わりにはなりません。なぜなら人間の心は忘れることができるからです。辛いことがあっても忘れることができるから次に進むことができるのです。機械は忘れると誤動作を起こすのです。
機械の目的は正確に行うことです。誤動作を許してはいけないのです。

自分の心は自分の動作と誤動作から作られていくのです。それを学ぶと言って遊ぶ事で学ぶのです。遊びは学びであり学びは遊びです。

学びに年齢は関係ありません。自分の心に正直になれば学ぶことが増えるのです。学びは遊び。遊びは学びです。遊びは楽しいのです。学びもまた楽しいのです。

自分の心の変化に対して懐いた疑問に答えるのが気づく事です。疑問を懐いても答えがなければストレスとして溜まるのです。答えのない疑問には答えが無いと納得するのです。そして次に進みましょう。

次に進めば前の答えが出てくるかもしれませんがそれは変化につながっているからです。それは、前に進んだ変化です。立ち止まるのも変化です。今までと違った行動をするのは変化です。上下左右に動いてもそれがすでにわかっているパターンであれば変化とはみなさいのです。

自分の心の変化を認めましょう。変化するのは当然のことです。だって環境は学ぶことで変化しているのです。見えていなかったものが見えて、考えてもいなかったことを考え、想像しているのです。

現実は変わらないのですが、生きている限り心は変わるのです。
生きるとは変わる心を認めることです。なぜそう変わったのかの答えを求めて「動き」納得するのです。

心の方向を定めてから動きましょう。わたしの心の方向は「幸せになる」です。

#たぬきのポッさん #エッセイ #スキしてみて



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