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週記(空想喫茶)

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記事一覧

週記50【大晦日】

「クリスマスソングはいっぱいあるが、それに比べて年末ソングが少ないのは解せない」
いつもの喫茶店。僕はカフェラテ、男はホットコーヒーを飲んでいる。
今日の男は真っ黒なスーツを羽織っている。ネクタイも黒のため、誰かの葬式の後なんじゃないか、と考えてしまう。
「いや、年末の歌もあるでしょ。例えばジョン・レノンのHappy Xmas (War Is Over)とか。くるりの最後のメリークリスマスとかでも

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週記44【颱風】

ちりんちりんちりん
いらっしゃいませ。
こつこつこつこつこつこつ
ぎぎいー
あれ、クリームソーダ、辞めたのかい?
ああ、はい。寒いし。そろそろ、まともなコーヒーも飲めるようにならなきゃな、と思って。
確かに、値段も安いからね。カフェラテよりも、豆乳ラテよりも、クリームソーダよりも。
はい。百円ぽっちの違いですけど、毎日頼んだとして36500円余分に払うことになりますから。
塵も積もればなんとやら、

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週記40【I'm Tight】



「二人っていつから知り合いなんすか?」

紺のジャージに身を包む彼は、僕たちに疑問を投げかける。
「たまに来るんすけど、いっつもこの席に二人で座ってるから、親子で仲いいな、っていつも思ってたんです」
毎度のように男と二人で喫茶店の隅でくつろいでいると、彼に突然話しかけられた。以前、不思議なペットを連れていた彼は、自身のことを佐藤と名乗り、私の隣に腰掛けた。会話に出てきた数字を食べるというおか

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週記35【フィルム】

「映画館でスマホ開く奴って何なんでしょう」

SNSで散々異議を申し立てられているはずなのに、いまだにその数は減らないように見受けられる。
自分だけが覗く画面は、周りにも光を発している。その光が他人のストレスと化していることに気づいていない。スクリーンよりも眩しいそれをスルーして映画を楽しむことは難しいし、それだけのことをしている自覚もない彼らには、怒りとも違う、呆れを感じている。

グレーのスー

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週記34【君がいた夏】

「夏の終わりと謳った人たちは、今のこの気温をどう思っているんだろうか」
男は火をもみ消したあと、ため息交じりに言った。
「別に夏が終わったから暑くなくなるってわけじゃないでしょ」
「いや、そんなことは許さないね。夏というものは、暑いを具現化したものなんだ。夏が終わるということは、暑いも終わる必要がある」
それは暴論ですよ、と制すが、男は止まらない。
「夏という言葉に包括しすぎだという指摘も認める。

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週記30【少年時代】

「今日は身軽そうだ」
男は席に着くなりそう言った。
「はい。夏休み入ったんで」
いつもは、プリント一枚の余白もなさそうなほどパンパンに詰まった大きなリュックを隣の席に置いている。しかし今日からは余白のある小さなリュックで喫茶店に通うことができる。

「そうか、大学生はこの時期から夏休みなのか」
男は薄手のジャケットを脱ぎ、Tシャツ姿で扇子を仰いでいる。暑いなら上着なんて着ない方が良いでしょ、と諭す

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週記  【ごはんだよ】

近頃全く顔を合わせなかった男は、暑い日差しの中、前と変わらない厚手のスーツ姿でドアベルを鳴らした。どこかの死神のように暑いという概念がないわけではないらしく、粒の汗を顔中に垂らしながら向かいに座る。
「我々は架空の世界に生きている。創造主が新たな私を生み出さない限り、私の時間はそこで止まってしまうんだ」
男はびしょ濡れのジャケットを脱ぎながら言った。なるほど、どおりで私もこんな時期なのにパーカーを

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週記14【その日暮らし】

桜が咲き始めた。
モノクロのような街の景色が、仄かにピンクに彩られるこの時期。私は高揚感に包まれる。
少しずつ開き始める桜の花。日に日にその数が増えていく。一番始めに開いたたった一つの花も、満開になる直前、一番最後に開いた花も等しく愛せる。桜には、それほどの魅力がある。

と、私は男に伝えた。共感してくれるだろう、という魂胆があった。
すると男は予想に反して———予想に反する、ということはある意味

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2022 週記13【創造】

男がスーツの内ポケットから、紙を取り出した。深緑のダブルスーツがよく似合う男は、胸ポケットに刺していたペンを持ち、四つ折りにされていたB5サイズのルーズリーフに、何かを書いている。
人生設計をするには唐突すぎるし、あみだくじを書くにしても、目的がない。
いったい何をしているのだろう、と不審がっていると、やがて書き終わり、紙面を私の方に見せた。

紙には、縦書きで、二つの文が綴られていた。

石田の

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2022 週記11【19か20】

私は喫茶店の隅の席でアイスラテと共に休息していた。ここで心も体も休めることが、最近のマイブームだ。
入口についているベルがちりんちりん、と鳴る。そしてその音に負けないくらいやかましく入ってくる男の姿があった。
彼はこの店の常連だ。たぶん。
確信がないのは、いつから通ってるか、という話をしたことがないからだ。

ここに初めて訪れたときに相席したのが彼だった。おしゃべりな彼は初対面の私にも気さくに話し

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2022 週記10【ラジオデイズ】

窓の外は雨が降っている。傘を差すほどではないが、差さなければそこそこ濡れるくらいの雨。この雨量が一番腹立たしい。
「びしょびしょだよ、とは言えないのが癪だな」
男はステッキを手に、店に入るやいなや、私の向かいの席に最短距離で座った。頭や肩のみならず、腕、胸、脚もじんわりと湿っている。
「傘持ってくればよかったのに」見せびらかすようにテーブルに掛けたビニール傘の柄を掴み、こんこん、と床をたたいた。

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2022 週記9【Oh! Darling】

「勉強中かい?」
男は私のイヤホンを外し、耳に吹き込むように尋ねてきた。
「見たらわかるでしょ。邪魔しないでくださいよ」
私は机の上に広げた教科書やノートを指し示した。しかし、男は悪びれることなく、見て分かるほど勉強していなかったから聞いているんだよ、と言った。
「店に入ってからずっと君を見ていたけど、携帯に釘付けだったじゃないか。調べ物なら分かるが、机の上には電子辞書がある。テスト範囲の確認にし

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