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にがうりの人 #77 (路傍の独白)

以下、高峰雄一弁護士の手紙より

 君がこの手紙を読む機会があるかどうか、私には分からない。 
 しかし、いつか君が成熟して世の中の善と悪、そして理不尽な社会を受け入れる事が出来たときにこの封を開けてくれる事を切に願う。 
 いずれは君も疑問に思うはずだ。これから記す事はその疑問に対する答えなのかもしれないし、そうでないかもしれない。 
 だが、私はこれが真実だと確信している。どうか、お父さんが残した軌跡に目をそらさないで欲しい。 
 君なら理解出来るはずだ。

 私は君のお父さんの担当弁護士に決定し、調書に目を通したときから嫌な空気を感じていた。大方、確固たる証拠や自白が存在する刑事弁護になると検事側の求刑をいかに減らせるかにかかる。 
 つまり、どう転がってもベクトルは一定、刑に向かって裁判が進む事には抗えない。それだけ日本の警察、検察の捜査は綿密かつ計画的で、裁判所も信頼を置いているという事なのだ。 
 しかし、この事件に置いてはそう言った定石のにおいは感じられず、むしろ逆では無いかと思った。被告人は現行犯で逮捕、取り調べにも従順で素直に罪を認めている。かといって官憲による強引な取り調べが行われた形跡もない。刑事手続としては全てが円滑に進んでいるのだ。
 何も不自然な所はなかった。しかし、私にはそこが引っかかったのだ。
 そこはかとない不穏。
 私は当時、勘に頼る程弁護士としての経験も積んでいる訳でもなく、それは単なる気のせいのようにも思われた。ある先輩弁護士は冗談まじりに言った。

「公判は粛々と進めればいい。流れに乗ってやればいいんだ。結論はほぼ決まっているもんだからな」

 確かにそういった案件もある。いや、その方が多いのかもしれない。
 だが、違和感は拭えなかった。私は勤務していた事務所には秘密裏にこの事件を調べてみる事にした。それは本来弁護士としては業務外であり、事によっては法に触れる事もある。青二才で駆け出しの弁護士だった私は好奇心もあり事件に深く首を突っ込んだ。
 この事件で初めて君のお父さんと接見した時、質問にも素直に応じてくれる為、非常に真面目な印象を受けた。
 しかしそれでも私の感じていた違和感はやはり拭えず、むしろ確信に変わる。
 彼は自分の犯した罪を認めていた。
 だが、私が引っかかったのはそこではない。それは質問が犯行時の状況に及んだときだった。どういう訳か彼は口ごもるのだ。歯切れが悪く要領を得ない。終いには供述調書と食い違う。
 私は当初、これから訪れるであろう刑の執行や、人生の行方、そして息子である君の未来を憂いて気持ちの整理がついていないせいなのかと思っていた。
 しかし、彼自身罪の重さを認識し極刑を望んでいたし、君の未来も私に託すと固く決意を語ってくれていたのだ。
 まるで人生に未練などないと言わんばかりに。

続く

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