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にがうりの人 #72 (終焉の狼煙)

 軟弱そうな男は忙しなく眼球を動かして私の話を聞いていた。
「以上です」
 私が舞台の幕を閉じるようにそう呟くと急に現実に引き戻されたように男は目を丸くする。
「その、その後は、ど、どうなったんです?」
「今回のお取引はこれで終わりです」
 私の言葉にそれまで肩をすぼめていた男が初めて身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待ってください。け、結末が知りたいんですよ。も、も、物語にはオ、オチが必要ですし」
「私には関係のない事です。私はお約束通り話を提供したまでですから」
 男は表情を曇らせたが、やがて納得したように頷いた。
「そ、そうですよね。ま、まあいい話を聞かせてもらいました。じ、事実は小説よりき、き、奇なりとはよ、よく言ったものです。そ、そんなふ、不幸なに、人間がほ、本当に実在す、するとは」
 男はそこまで言ってはっとした表情になり、気まずそうに再び目を伏せた。私はそれに動じる事はない。
「ち、ちなみに、そ、その、津田沼という男、あ、怪しいですね。ど、どうなんですか?」
 私は未だ取引の趣旨を理解していない男に辟易とした。私が今、男と交わしている契約は至ってシンプルであり、私がある一定期間の過去を脚色無く話し客は対価を支払うだけのことなのだ。質問や感想などはこの場に置いて蛇足なのである。これ以上の事を欲しがるなど私は一切許さない。
「あなたとの取引は終了致しました。お引き取り下さい」
 私はにべもなく言う。
「な、なるほど。ひ、必要以上のこ、事は話してくれないわ、訳ですか。ま、まあでもいい話がき、聞けました。何か、め、目の前に一筋の光が、さ、差し込んだようです。こ、これでわ、私も大物のな、仲間入りがで、出来そうな、よ、予感がします」
 無言を貫く。彼が話している意図を私には理解出来ない。いや、理解しようとも思わない。特別な嫌悪感を抱いている訳ではないが、とにかく今の私には必要がないのだ。そしてもう二度と顔を合わせる事の無い男は私の人生とは関係がないからである。
「あ、す、すいません。じゃ、じゃあこれでか、帰ります」
 男は私の無感情に気づいたのか、気まずそうに話をやめると背中を丸めてそそくさと店を後にする。まるで今聞いたばかりである話の鮮度を気にするかのように足早だった。

 遂に終わった。

 もはや空っぽである。呆気ないもので達成感などない。あるのは疲労のみだった。
 だが、まだ最後の仕事が残っている。
 それで本当に最後だ。
 私は大きく息を吐き出して伸びをし、何気なく振り返る。深夜のファミリーレストランの風景がある。そこはかとない寂しさを感じて、自分はまだ生きているのかとおかしな事を思った。

続く

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