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にがうりの人 #45 (闇に浮かぶ)

 病院に運ばれ、高峰の死亡が確認された。警察の現場検証も行われ、自殺と断定された。

 しかし、私の見解は違った。

 これは紛れも無い殺人である。
 巧妙に仕掛けられた罠に嵌められ、じわじわと追い詰められた末、彼は自らの命を絶った。これが殺人と言わずして何なのか。

 見当違いとは分かっていた。しかし私は気持ちを抑えきれず、警察に猛抗議した。年配の刑事は私の話を全て聞き終えると、深いため息をついた。
「大切な人を亡くした君の気持ちも分からんでもないが、これはどう見ても自殺だよ。もし、君の主張を通したいのならば告発するなり、民事で裁判を起こすなりして争う他ない」
薄暗い霊安室で大声を張り上げる私の肩に手を置いてそう宥めた。
「ただ、自殺という事実は覆らないだろうがね」そして刑事は諦観の表情を残して遺体に手を合わせた。

 私が刑事にいきり立っている脇をすり抜けて霊安室に入る人々がいた。高峰の奥さんと中学生の娘さんだ。奥さんは泣き崩れ、娘さんは呆然と立ち尽くしている。しばらくして私の存在に気づいた娘さんが私の方へやってきた。気丈にも涙は流していないが、青白い唇が震えている。

「あんたのせいなんでしょ」

 視界が端から暗くなっていった。その娘さんの一言に崖から突き落とされたような気になる。怒りにまぎれて我を忘れようとしていたのかもしれない。

 元はと言えば私だ。
 私の過去を、いや私の現在を守る為に高峰は沈黙を通し、ろくな反論もしなかった。その結果彼は命を絶つことを選択した。
 娘さんは私に対して思いのたけをぶちまけ、私はただただそれを一身に浴びることしか出来なかった。刑事が見かねて彼女を制止すると、耐えていた感情が堰を切ったように溢れたのか、その場に泣き崩れた。

 私のせい。そういうことだ。

 事情聴取を終え、一人病院を出ると辺りは闇に包まれていた。まるで身体の中に染み込んで、何もかも蝕んでいくように思える。
 私はその闇の中を蹌踉と歩いた。歩けば歩くほど全身にどろどろした重さを感じる。雑踏が嘘のように聞こえない。夜の街はネオンに溢れているが、全て滲んで見える。
 気づけば蒲田の会社の前にいた。

「お前さん、そんな物騒なもの持って何処へ行く?」

 その声で我に返ると、手にはいつの間にか安物のカッターナイフを握り締めていた。
「無駄な事はやめとけ」
 振り返ると背広姿の初老男性が立っていた。思わずカッターナイフを落とし、チャンという情けない音が街の空気に消えた。
「どうせあんたも蒲田の被害者なんだろ。でもな蒲田を殺すことはできねえよ」
 男は整った身なりをしている割には砕けた口調だった。

続く

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