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にがうりの人 #51 (嫌な女)

「ねえ、にがうりさん」

 後部で聞き覚えのある声が聞こえてきた。頬が痙攣する。私は恐る恐る振り返った。
「相変わらずつまらない商売してるね」
 女は詠嘆口調で言った。後ろのボックス席で頬杖をついている。
「また盗み聞きですか。悪趣味ですね」
 女の存在に腹が立ったが感情を抑え、あえて丁寧な口調で答えた。向こうのペースに乗る事はない。
「もうそろそろネタ切れなんじゃない?それともこれから仕入れるわけ?」そう言って女はケラケラと笑う。
「あんたには関係ないと毎回言っているでしょう。それともあんたも聞きたいのか?」
「冗談じゃないわよ。なんであんたの退屈な話にお金払わなきゃいけないの。こっちがもらいたいくらいだわ」女は鼻を鳴らし、踏ん反り返った。
「それにあんたの目的なんて大体見当つくし」
 肝を冷やした。いや、分かるはずがない。私はそう言い聞かせ、感情を悟られないように帽子を深く被った。
 感情が一番表れるのは目である。それは取引をする上で学んだ事であり、常に意識している事でもある。すると女は思いもよらぬ暴挙に出た。私の帽子を取り上げたのだ。

「見透かされるようで、怖い?」

 慌てて女の手から帽子を取り返し、私は無言で店を後にした。

 翻弄されている。私は逃げるようにひっそりとした国道沿いを早足で歩き出した。だが、しばらくして嫌な気配を感じ振り返る。あの女が笑みを浮かべながらついてきていた。怒りを通り越しもはや恐ろしくなった。
「一体何の用だ」
「私もたまたまこっちの方向なの」女は無邪気に笑う。
 すると突然私に腕を絡ませた。夜更けに人気もない街中で私はつい周りを気にしてしまう。「おい、なにするんだ」
「送ってよ。こんな夜中に女性一人で帰らす気?」
「バカな事言うな。なぜ俺があんたを送らなきゃいけない」
「じゃあ、大声だすよ」女はわざとらしく両手を口元に持っていき、大きく息を吸い込んだ。「分かった分かった。送ってやるからもうこれ以上俺に関わらないと約束してくれ」
 こんなところで大声を出され、警察に拘束などされたら私の計画は台無しにされてしまう。私は不承不承ではあるがこの如何わしい女を送ることにした。
 まだ両側が宅地を造成中である寂とした県道を歩く。絡んでいる腕がほのかに温かい。俺は表情を作れず困惑したが、その必要もない事に気づきまた前だけを見て歩いた。
 妙な事になってしまったものだ。私はさっさと帰れば良かったと後悔した。

「私ってなにしてると思う?」

 質問が漠然とし過ぎていて、答えが山ほどあるように思えたが、私はしばらく考えたのち、答えた。
「銀行員か」
 明らかに堅い職業には見えない。だが、私にとって女の職業などどうでもよかった。

続く

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