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イジメられたときの私の対処法

私が実際にイジメられた時の対処法を述べます。


まず、一旦深呼吸し、イジメられた体験を冷静に思い起こし


どこに罪が潜んでいるか


を見極めます。罪の居所を見定めた後、その次に

「それはイジメです!・怒っています!・憎んでいます!」
と、意思表明するか否か


を洞察します。そして、その意思表明を

  • いじめている人

  • 組織トップ

  • 周りの傍観者

  • 組織外

の誰に対しておこなうか、といったことも冷静に洞察します。

いじめている人に直接表明する場合、それを


宣戦布告


と言います。

そのまま戦争に突入します。

その戦争に勝ち、イジメが鎮静化した場合は、結果的にいい戦略だったということになりますが、戦争に負けた場合は、よりひどいイジメの対象(戦争賠償)になってしまいます。

「宣戦布告」には慎重な判断が必要となります。

いじめている人には言わず、周りの人に表明する場合、それを


陰口


と言います。この場合

「敵の敵は味方」

私の座右の銘!

がキーワードとなります。

「敵の敵」でありそうな人を見定め、理路整然と陰口を伝えることによって、組織内の理解者を増やす、という戦術になります。最も安全で(有事において)最も推奨されるべき戦略となります。


組織トップに表明する場合は

「イジメっ子に対して罰を下して欲しい」

という要望となります。

この場合は、その組織トップに、トップとしての力量があるか否かを見定めることが重要となります。

「みんな仲間だ!絆・分かち合い・助け合いの輪だ!
組織内に悪い人なんかいない!みんな平和を愛している!」

綺麗ごとの典型例

といった綺麗ごとを叫ぶトップは要注意です。

誰かに懲罰を与える決断力がないだけであるにも関わらず、

「そうやって人を裁こうとすること自体が組織の平和を乱します。あなたの中の怒りが収まらないこと自体が、この組織の平和を乱しています」

ありがちなカウンターパンチ

と正義を振りかざしてきます。何故か、イジメられている人が有罪になってしまうのです。これを



事なかれ主義


といいます。


なお、ここでの洞察は、親子関係学校も例外なく含まれます。

綺麗ごとに毒されている世間は、先生という『肩書き』だけで

「大人には、子供のイジメを精査し、公平にさばく力量がある」

ありがちな思い込み

と思い込みがちであることを強調しておきます。

最後に、私が深く共感した記事の紹介で終わります。